第2話「焦りを覚えるにはまだ早く」 -前編-
戦況は最悪だった。 圧倒的軍事勝利を当初から楽観的にみていたエスペニアは、敵国が保有していたダイバーズシルエットの数に頭を抱える事になる。 艦艇の数で優位に立っていたとしても、ダイバーズシルエットはそれを覆すだけの力があるのである。 それはまさに海中の戦車と呼ぶに相応しいものだ。 押され気味であったエスペニアは反攻作戦を計画、その開始は刻々と迫りつつあるのであった。 × × × 『第二機甲隊各機、実戦用の武装へ換装完了。』 ダイバーズシルエットの中で息を整える。 再減圧を行うには時間が掛かり過ぎるため、レールボックスは海水が入り込んだままだ。 この状況でもスムーズに換装が行えるのは、現用潜航母艦には必須の設備である。 現在、未確認艦はゲオルグと等距離を保ちながらゆっくりと後方に回り込もうとしていた。 「こちらイクス1、未確認艦の射程まで500メートル。」 艦内の通信を機内に流す。 未確認艦へは先程から所属を求める通信を発信してはいるが、当然の如く返答は無かった。 本格的な戦闘に入る前にこちらの部隊を展開させておく必要がある。 「まだ出られねぇのかよ。」 クレメンスが毒を吐いた。 もどかしいのは俺もそうだが、今は待つのが仕事だ。 それにこれは第一機甲隊が対応する事であって、今の俺たちはただのバックアップ要員である。 「所属不明艦に告ぐ、こちらはエスペニア皇国海軍、機甲師団第一独立機甲艦隊所属、ゲオルグである。 貴艦はエスペニア本土へのコースをとっている。所属と目的を速やかに述べよ!さもなければ、貴艦への攻撃を開始する!」 第一機甲隊の隊長、アーティルス・バルリング大尉が未確認艦に通信を送る。 しかし、相手方は何の往信も返して来ない。 「ヒュー!あちらさん、やる気ですぜ!」 誰かの通信が割って入って来ている、後ろでビービーと警告音が鳴っていた。 その人物のものと思われる機体が水中機銃の弾幕を難なく回避、一度距離をとって戦闘ができるようにする。 「未確認艦を敵対勢力の潜航艦と断定、戦闘開始!対潜航艦戦用意!機動魚雷発射準備!」 ゲオルグとリンクしたセンサーに表示されていた黄色の反応が赤へと変わる。 この艦の初陣を飾るのはやはりあの艦らしい。 第一機甲隊の機体反応はセンサー上でめまぐるしい動きをしていた。 何機かはフリースナーの動きにまだ慣れていないらしく、オーバーリアクションな動きをとっている。 「機動魚雷、目標敵艦。発射角6分の1、発射!!」 攻撃を合図する艦長の声が機体に響いた。 それまで脱いでいたヘルメットを被り直す。 センサーには機動魚雷が発射された事を示す反応が表示される。 それと同じくらいに敵艦から反応は4つ追加された。 「敵艦からの射出反応確認!・・・うち、機動魚雷2、他2機は速度、反応からダイバーズシルエットと思われます!!」 まだ敵との戦力差は単純に見て8対2だ。 1機に対して2機もあれば確実に敵を叩ける。 「第二波確認!今度は反応4、すべてダイバーズシルエットです!!」 これで8対6、五分五分に見えるようになってきたか。 こちらもそろそろ出撃する準備をせねばならない。 バキバキと指を鳴らす音が流れる、どうせクレメンスが指でも鳴らしているのだろう。 敵の1機を味方機が相手する。 それを確認したもう1機が敵機の後ろへ向かった。 「ロト風情がそれで対等になったと思うなよ!」 パネルに機関情報の表示を行う。 すると丁度隊長機がライフルを撃つところであった。 この機関情報画面、戦場にいる味方機の情報が入るのは良いが、戦闘時には見ている余裕が無い。 通常は簡易バージョンの情報画面を開いてダメージレベルと使用中の武装だけ確認できるようにして使っている。 「よしまず1機!」 赤い反応が1つ減る、そのあと暫くしてもう1つが消えた。 ゲオルグからの攻撃は残念ながら通用していない。 この時代、機動魚雷は近接距離から発射出来なければだいたいが機銃に邪魔されてしまう。 「イクス1から8各機、敵機の迎撃を優先せよ!」 迎撃が優先されているのはおそらく敵艦が潜航艦クラスであり、艦載機のダイバーズシルエットの数が知れているからである。 ロトの潜航艦であればせいぜい8機が限界だ。 こちらが数で勝っている事を考えれば、単独で先行してきた不意打ち狙いの艦などある程度後にとっておいても問題はない。 「これで3機目。ヤッコさん、後退しないのか・・・?」 アーティルス大尉が思考するも、敵艦は距離を離しながらも後方をとろうとしていた。 こちらの損害はイクス4と表示されている機体に小程度のダメージが入っている程度。 ただ機動魚雷を食われているだけなのかも知れないが、こちらの優勢は変わっていない。 「まだ・・・諦めていない・・・?」 小さい声が聞こえた。 どうやら声はイーリスからのようだ。 彼女は今まで口を開いていなかったが、何かに気付いたように声を漏らした。 「どういう事だ、イーリス?」 イーリスの顔をモニターで確認すると、彼女は何かを考証する様に、というよりは何かを感じる様に遠くを見ていた。 俺に気付くとまた無表情へと戻った。 「いえ、なんでもありません。少し、気になっただけです。」 多くは語らず、なのか。 何だかはぐらかされた気分だ。 それでも戦況は刻々と変化している。 × × × 「機動魚雷発射用意!敵機撃墜完了まで次弾発射待機!」 残る敵機はすでに2機、敵艦は距離を少しづつ開けていた。 この海域での戦闘は優先排除である。 それというのも、エスペニア本土まであと50kmもないのだ。 このエリアにまで侵入してきたのは非常に稀で、それだけ敵艦を発見した時の義務が増す。 「これであと1機!うっ!?」 驚きの声がすると、5番機のダメージレベルが中破まで上がっていた。 よく見るとこの5番機、フリースナーではなくシュトラウスに搭乗している。 おそらく準備が間に合わなかったか、それともまだ慣れないので諦めたのかだろう。 「イクス5に帰投命令。誘爆はしないだろうが収容を急げ!」 「ブリッジよりイクス5、帰投命令です。ゲオルグへ戻ってください!」 まだ前座でもない、こんな戦闘で味方機を撃墜されるわけにはいかないのだ。 中破でも手厚く対応されるというのはそういうことだろう。 「イクス5了解。腕がやられただけよ、心配しないで。」 シュトラウスのパイロットが気楽そうに言った。 センサーに新たな敵の反応が増える。 どうやら残りの2機も投入するつもりのようだ。 それらは敵艦に寄り添う様に移動している。 艦の表面に張り付いているのかも知れない。 通例通りならそのうち1機は後方支援用のカラヤンという機体のはずだ。 「お、敵機を確認!黄色いラインだ、筒持ちだな。しかも2機いやがる。」 戦艦に使うような投射砲を無理やり載せているのがカラヤンという機体だ。 それらには外見的な特徴として、黄色いラインが肩に入っている。 基本的に1機のみであるカラヤンの搭載数が2機ということはそれだけ火力、もしくは迎撃能力が必要だということだろう。 「イクス1、2は敵通常型の排除を優先。残りの各機は筒持ち諸共敵艦を攻撃する!」 機関情報を見るとイクス3から8の機動魚雷のロックが解除されていた。 ダイバーズシルエット用の機動魚雷は戦艦などに使われているものと基本的には同じ物だ。 しかし、敵艦が持つアドバンテージを帳消しに出来る距離で発射可能なため、その分攻撃の信頼性は高くなる。 「袋の鼠だ。観念しな!」 わざとらしい言葉使いというのもなかなか面白い。 全周囲通信でないのでいささか滑稽に見えるのだが。 この状況ではあの潜航艦も長くは保つまい。 元々玉砕覚悟で威力進行してきたのだろうが、まさかこんなところで最新の潜航母艦と鉢合わせする予定は無かっただろう。 あるいは、不意打ちが出来ればあの戦力でも勝てると考えていたのか。 「機銃なんざ効くわけねぇだろうが。仕舞いにするぞ!機動魚雷発射用意!」 機銃の攻撃がしつこいのか機体は細かく動いている。 それでもFCSのロックオンは潜航艦をしっかりと狙っていた。 5機のダイバーズシルエットからの近距離魚雷攻撃が始まる。 「魚雷、発射!!」 音頭をとっていた4番機が発射指示を出し、一斉に機動魚雷の残弾が2から1へと変わった。 通常、ダイバーズシルエットは両腕に1機ずつの機動魚雷を保持出来る。 シュトラウスであれば、オプションで対艦隊装備と称して最大6機まで搭載できるが、それは当然機動力を損ねているので通常はやらない。 火力的には機動魚雷3機程で戦艦などは撃沈できる。 機関情報に魚雷の着弾通知が流れた。 「敵潜航艦、機関レーダー反応消滅!」 「各機の映像データから敵艦の轟沈を確認!」 ブリッジが事後処理に入る。 通信には攻撃開始よりも慌ただしい声が聞こえた。 「こっちも片付いた、隙が出来たから楽だったぜ。」 「警戒レベルを4に移行、第二機甲隊は待機を解除。事後確認急げ!」 待機を示していたアイコンが消える。 それと同時にボックス内の海水が抜かはじめ、代わりに空気が加えられていく。 減圧していた分、今度は通常の空気圧に慣れさせる必要がある。 「レーダーの敵反応全滅、第一機甲隊各機は哨戒開始を開始してください。」 轟沈を確認したとはいえ、敵側がそれを装っているとも限らない。 潜航艦の場合、空気の循環がなくとも30分ほどならどうにかなる事もあるのだ。 各機それぞれが哨戒を始める。 × × × 「くそっ!出番無しかよ!」 多少苛ついているのか、クレメンスが声を出した。 未だ排水が終っていないボックスから出てくるワケにもいかず、機体に残っているというのも難儀ではある。 「・・・まだ、終ってない。」 ゴォンと変な振動音が機内に響いた。 レールボックスにも振動が伝わってくる。 「な、なんだ!?」 めっきり油断していたので、何事かと情報を確認する。 特段、艦にダメージはないようだ。 レーダーを見ると1機の反応が中心から遠ざかって行くのが確認できる。 「ツェット11、どうしました!?応答してください!ツェット11!!」 確認できた反応はツェット11、つまりはイーリス機だ。 「ツェット11、何があった!?おいイーリス!」 話掛けても、まるで返事は返ってこない。 どうやらロックされずにハーフスクランブル状態が維持されていたらしい。 それにかまけて勝手に出撃をしたようだ。 海水を抜き切っていないとはいえ、空気がある中でこじ開けたので振動したのだろう。 「残機1、まだいます。」 イーリスからの返答はこの一言のみである。 しかしこれを返答に数えるべきであるかは少々疑問だが。 「な!?艦長、出撃許可願います!やめさせないと!」 呆気にとられているフランツィスカはハッと我に返ると艦長に伝言する。 艦長は少し考えたがすぐに出撃の許可を出した。 「ツェット1、エントリー!」 この機体で2度目の出撃になるが、今はスピードがどうのと言ってはいられない。 センサーによれば、イーリスの機体は海底へ向けて下降しているらしい。 「こちらイクス1、念のため私もそちらへ向かう。」 哨戒を行なっていたアーティルス大尉がイーリスを追う。 敵機への対応は本来、彼らの任務だ。 俺たちやイーリスが出張る義理はない。 レーダーに赤い反応、肉眼では確認できないが先程のカラヤンの生き残りかも知れない。 敵艦が轟沈した影響で反応が無かったのか、機体を再起動させたのか、どちらにせよ健在らしい。 敵の位置を探ろうと下方を見ていると海底から怪しげな光が放たれる。 「!?避けろイーリス!」 イオン化した熱流が向かってくるが、イーリス機はそれをギリギリで回避した。 カラヤンが投射砲の攻撃を開始したのだ。 イーリス機の反応は俺の機体よりも数段早く、そして動きも速いように感じた。 「・・・・。」 出しっぱなしで忘れていた機関情報に気付く。 イーリス機がライフルの照準を合わせている。 「クソ!当たれよ!」 機動魚雷のロックを外し、敵機に照準を合わせる。 ライフルが弾を発射するのとほぼ同時に機動魚雷が発射された。 カラヤンの方も黙っているワケではなく、第二射が放たれる。 「・・・機動魚雷命中確認。敵機大破・・・追加哨戒、お願いできますか。」 投射砲の第二射はイーリス機の応戦であった。 その攻撃はライフルの弾幕で無力化され、敵が機動魚雷に気付いた時には時既に遅し。 しかし、これがゲオルグをかすめていたらと考えると、必ずしも彼女を罰するだけが正解なのかは分からなくなっている。 こういう事には正解がないのだ。 昔、父が俺にボソリと語った事を思い出す。 × × × エスペニア皇国軍規定 その場の指揮権がない者は自己判断の必要とされる状況を除き、戦闘を行うかどうかの判断をせず、指揮権を持つ者に委譲するものとする。 これにすっかりと違反してしまったイーリスであるが、勝手をした事は理解しているようだった。 準戦闘状況はとうに解除され、ゲオルグは通常航行を行なっている。 イーリスには自室で待機する様に命じ、いづれ出るであろう艦長命令を待たせていた。 彼女の方も命令違反をした事実を重く受け止めているようだ。 「フリードリヒ少尉、艦長よりイーリス・ハイヘルヘイム曹長と共に艦長室へ来るようにとの命令です。」 未だ馴染めていないフリースナーのコックピットで慣熟のシミュレーションを行なっていた時にフランツィスカから通信が入った。 どうやらこれ以上沙汰を待つ必要はないらしい。 「了解、すぐに向かう。すまないが、イーリスにも伝えてやってくれ。女性は準備に手間取るからね。」 少し皮肉気味な揶揄にフランツィスカも苦笑した。 フランツィスカは了承の意を示し、通信を終える。 早々にコックピットから出て、居住層へ向かう。 女性の居住区画に入るのはあまり良い感覚はしない。 何より、船員の目が痛い。 見張りで立っている男の兵士も居心地が悪そうだ。 表札の名前を確認する。 力強い筆致で書かれた”イルマ・バイアー”の下に、細い線で書かれたネームプレートがある。 そこには”イーリス・ハイヘルヘイム”と書かれていた。 とりあえず、ノックをして了承の声を聞く。 「イーリス、迎えに来た。行こうか。」 ドア越しに声を掛けると、中から「了解。」と蛋白な反応が返ってくる。 イルマはどうやら留守にしていたらしく、ドアが開くとイーリス一人だけが出てきた。 一瞬ケロッとしているのかと思ったが、無表情を装っているものだと理解できる。 艦長室で資料を読み漁っていた艦長は思いの外上機嫌であった。 「ふむ、よく来た。要件は分かるね?」 資料を確認していた艦長は、コーヒーを含むとそれを置いていつもの応接ソファーに座った。 どうやら見ていた物は第三世代に関する資料らしい。 「まあ、座り給え。それからでも内容は変わらんよ。その前でもだがね。」 ゆっくりと回りくどい艦長の言い回しは我々に動揺を与えた。 「いえ、結構です。どうかこのまま。」 罰を受ける側の人間が対等というのは道理に合わない。 昔からの慣例といえばそうなのだろうが、本人にも自覚を持たせるのは監督責任云々の視点でも良いことだ。 「良い心がけだ。では始めようか。」 妙な緊張感が一室を覆う。 艦長は顎の無精髭をゾリゾリとさすると俺たちを見回した。 何かを話したいが、それができないといったような表情だ。 話を聞くこちらとしても何を言いたいのか気になってしまう。 「それで、だが。実は『些細なミスは見逃せ』などと上から言われていてね。」 上というと、先日の二人か。 なるほど、実戦経験を積ませるにはそれを縛る要因を払う事からと言う事か。 「これが『些細なミス』であるかどうかを小一時間考えてみたが、どうやらそう思った方が良いらしい。彼ら的にはだがね。」 意外とあっさりしたものだ。 イーリスも驚いたような申し訳ないような顔をしている。 「では、処罰は・・・?」 解りきった事だが、それを聞くのが今の俺の役割だ。 「無罪放免、とまではいかんな。警告と注意に留めておこう。次はさすがに容認出来ない。」 イーリスが敬礼で反省の意を示す。 自分の置かれた状況に甘んじる事がないのは良い傾向だ。 最初はキッチリとしていて完璧なものであると認識していたが、彼女はまだ未完成の、欠けた部分があるのかもしれない。 「まずは隊での連携と役割を認識する事だ。丁度、先行哨戒を出そうと思った頃合いだが・・・。」 要は行けという事である。 まあ、こちらとしても書類仕事にばかり手を焼くのも面白くはないので丁度良いといえば丁度良い。 哨戒であれば2、3機程で事足りるだろう。 「分かりました。第二機甲隊にお任せください。」 まあ、ロクな操縦を数える程もやっていないのだ。 もう少し乗り回してみたい欲求もある。 それにイーリスの操縦技術を盗むには絶好の機会かもしれない。 「そういう言ってくれる思ったよ。君は話が早くて助かる。」 クライバー家の伝統というか何と言うか。 どうせ偉くなるんだ、お前の上官なら何と言うかいつも考えろよ。 祖父の言葉が過ぎる。 父は背中で教えるタイプだったし家で仕事の事は全く話さないので、こう言った事は祖父が怒鳴るついでに言って教え込まされていた。 彼は甘やかすというわけでもいつも不機嫌というわけでもなく、その意味では良い師匠であったと思い出す。 「ではすぐに準備を始めます。」 × × × 「こちらツェット1。ゲオルグ、聞こえますか?」 ゲオルグの艦前方約30km、俺とイーリス、ついでに暇そうだったクレメンスを連れての先行哨戒。 この辺りは海底の高低差が激しく変わるため、敵が潜んでいないか念入りに調べる必要があった。 クレメンスも先程の戦闘に加われなかった憂さを良い具合に晴らせているようだ。 海底はその岩場に暗い陰を落として静かに来訪者を迎える。 「こちらゲオルグ。感度許容内です。」 許容内という事はノイズがあるという事か。 無理もない、岩場からの反射が邪魔をしているのだろう。 「了解した。我々は現在、前方30kmあたりを探索中。今のところ異状なし。」 予定通りの順調さだ。 もう少ししたら海流が変わる場所に出るため、その手前まで探索したら帰還しようかと思う。 海上の天気は曇り。 それも雲の薄い曇りだ。 明る過ぎず、ライトを使わなくてもある程度までは視認する事が出来た。 「異状なし了解。切りの良いところで探索を切り上げて結構です。」 この辺りはまだエスペニアの勢力圏内だ。 エインヘリヤルに向かうまでは基本的に敵と出くわす可能性も少ないはずである。 敵に出会わないのは少々もどかしいが、こうして機体の調整に時間をさけている。 しかし、どうにも照準の問題は解決できそうにない。 「隊長!味方艦の残骸を確認だ。交戦履歴には載ってない!」 クレメンスが叫んだ。 見ると確かに味方艦であるが、それなりに時間が経過しているらしく、上にはうっすらと砂が掛かっている。 「艦名を確認するぞ、イーリスは念のため周囲を警戒。俺は生存者の探索をする。」 この様子からすると生きている者はいないだろう。 艦種はヨアヒム級重水雷艦。 大型艦ではあるが、本土防衛向けの艦なので単艦での攻撃能力は高い。 「こちらツェット11、今のところ狭域索敵に反応なし。」 「えー、こちらツェット4。艦名を特定した、マンフレートだ。」 送られてきた映像データには確かにマンフレートの文字が見える。 本隊への連絡をしようにも通信環境が先ほどよりも酷くなっていてマトモに連絡を取れそうにない。 「ダメだ・・・。空気の残っている区画がない・・・。生体センサにもそれらしい反応は・・・。」 航行履歴を確認、この艦は今日の午前に定期通信を行なっている。 となればそれ以降に会敵、轟沈せしめられたという事だ。 この辺りでの交戦履歴は1回。 先ほどの戦闘だ。 断言出来ないのが喉に掛かるが、それが正しい推測であるはずだ。 「この艦の中を生存者無しと断定、海上の捜索も今はやめた方が良い。 それよりも、ゲオルグに現状を報告しないとな。」 生存者がいればとっくに海上に浮いているだろう。 しかし、ダイバーズシルエットで海上に出るのはあまり良くない。 探索は出来るが、収容が出来ないのだ。 機体内の気圧は外気や艦内よりも低く設定されているので、迂闊にコックピットを開けられないのだ。 「ああ、通信できる辺りまで引き返すとするか。」 「通信回復を確認、フリードリヒ少尉聞こえますか?」 警戒状態で岩場の海域を後退してゲオルグを目指す。 幸いな事にゲオルグとの通信は早くに回復した。 「こちらツェット1、ヨアヒム級マンフレートの残骸を発見した。詳しい事を話したい。」 通信後いきなりの言葉にフランツィスカが動揺した。 艦長にそれを伝えると、ブリッジ内に広がるのが聞こえる。 「アドルフだ、何があった?」 「交戦履歴にない戦闘痕とヨアヒム級の残骸がありました。 砂泥が掛かっていたので、航行履歴とあわせて恐らく2~4時間前に交戦したものと思われます。」 消沈の声がいくつか聞こえた。 そのひとつは艦長のものである。 「その様子では生存者はなしか。・・・了解した。一度帰還してくれ。」 「了解。帰還します。」 × × × 味方艦の残骸を発見した場合、これの艦名を確認して本国に報告する決まりだ。 英霊たちには申し訳ないが、遺体の回収は行わない。 事はそれよりも敵艦が何だったのかという事だ。 今回はその前に我々が戦闘を行なっていたので、その艦であったと推測する事が出来た。 しかし、単艦ではなかったという可能性を否定はできない。 一応本国へは報告を済ませており、艦内では引き続き警戒しつつの前進となった。 『北に向い、ヨアヒム級マンフレート乗員各位に対し総員、敬礼!』 艦内放送により戦死者に対する最敬礼が行われた。 海上の捜索は行ったが救命ボートがひとつ浮かんでいたのみで、生存者はいなかった。 マンフレートの横を過ぎる間しばらく沈黙が艦を包み、戦死者へ労のねぎらいと哀悼を示す。 『敬礼止め!各員は引き続き軍務を継続せよ。』 ゲオルグはこのままエインヘリヤルへ出る予定だが、到着まではまだ時間が掛かる。 その間、また敵が来ないとは限らない。 緊張感でピリピリとした雰囲気が艦内に未だ残って不安を煽っている。 「今日は良くやってくれた。残念ではあるが、我々は先を急がねばならん。これ以上の捜索は本国に任せる他ない。」 呼ばれて入ったブリッジで艦長がそう言った。 エインヘリヤル奪還作戦に参加するという大前提がある以上、長居が出来ないのは納得していたが、とくにクレメンスなどは悔しさを顔に出していた。 「目の前で沈まなかっただけが救いか。」 クレメンスがコーヒー片手にポツリと呟く。 仇は討てたと思いたい。 「・・・・。」 相変わらず無心を装ってイーリスは黙り込んでいる。 だが、彼女もまた複雑な葛藤が内心あるのだろう。 「艦が見つかっているだけ英霊も報われているだろう。仇を討ち足りないならエインヘリヤルでとれば良い。」 一説によれば、第二次大海戦争での不明艦の数は合計で100隻を超えるという。 それらすべてが未だ把握されずに海底にいるのだ。 発見されているだけ幸運であると言える。 「そうだな!そりゃあそうだ!俺にだってそれならできる!」 何かを決めたかのようにクレメンスは急に元気になった。 空元気ではあるだろうが、それが今の自分にできる事だと理解してくれたようだ。 「ありがとよ。とりあえずやる気だけは出たぜ。シミュレーションにでも行ってくる。」 エインヘリヤルにたどり着くまであと丸1日近くは掛かる。 その間に機体に慣れておき、まともに動けるようにしておかねばならない。 指揮官機に必要な事は、母艦や艦隊から得られる情報と命令から部隊を効率よく運用することだ。 しかし、機体が使い物にならなければそれもままならない。 照準のクセというか欠点についての対策も考えておく必要もある。 だが、そればかりを言ってられない事象がひとつ。 「さて、俺はまず書類を片付けないとな・・・。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ <2012/09/20> Ver.1 完成。 <2013/01/19> Ver.2 ひな形完成。 <2013/03/16> Ver.2.1 アップロード用完成。
このサイトに掲載されている作品の著作権は管理人に帰属します。
作者である管理人の許可なしに無断転載等を行うのは盗作行為にあたりますのでお止めください。