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第3話「勝ちを得るには足りず」 -前編-

この戦争のそもそもの発端である無人諸島をロトのダイバーズシルエット部隊に占拠されて早4ヶ月。
小賢しい勝利を重ねてはいても、エスペニア皇国はロト共和国を屈服させるには至らず、周辺に鉄屑を増やすのみだった。
巡察艦、制海艦、戦列艦、潜航母艦等々、合わせて90隻以上。
エスペニアは現用艦隊の実に3分の1以上を投入してエインヘリヤルと名付けた同海域を占拠しようと乗り出す。
当然、ロトがこれを知らぬはずもなく、双方の戦力は静かに集まっているのだった。
第二次エインヘリヤル攻防戦。
その火蓋が切って落とされるのは時間の問題である。
この膠着が打破されれば、勝者に勢力が傾くのは明らかであった。

     ×     ×     ×

「一時静止機動、本隊からの連絡を待て。」
ブリッジの慌ただしさが一段落つき皆口々に緊張をほぐしていた。
それに交わって航行科の交代要員が主任と入れ替わり、これから作戦開始までの時間を切り盛りすることになる。
ひと通りの指揮が終わり、ようやっと手の空いたアドルフ艦長がこちらを向いた。
「して、改めて何用かね。クライバー少尉。」
「はい、フリースナーの照準系の問題なのですが。」
ほんの数時間前にイーリスから受け取ったデータの話を再開する。
本人からの許可はとってあるので、後は実戦で使えるものなのかをテストするのだ。
「ふむ、事態は把握しているが。それで、どうかしたのか?」
「実はイーリス曹長からデータの提供を受けまして、実戦での使用許可をと思い。」
艦長はことのほか好感触な表情をしている。
少しの間悩むような仕草をするが、答えは決まっていたようだ。
「そうか、シュミレーションはやってみたか。」
「はい、やっておきました。彼女なりのクセが出ていたので私の方でノーマライズをしたつもりですが。」
イーリス機は通常のチューンよりもより高速で極限機動を行える様にカスタムされている。
それを俺の使っているような通常速度のチューンに合わせておいたのだ。
「了解した。今回はそれでやってみると良い。」
「ありがとうございます!」
「当然、結果次第では今後の使用は認められないがな。」
「承知の上です。」
手短ながら必要なコミュニケーションは済ませた。
あとは総合ブリーフィングくらいなものか。
「発アルブレヒト搭載高速潜水艇、伝ゲオルグ。貴艦への接続を願う。当艇は作戦総旗艦よりの伝令である。」
通信手より短波通信を受け取った知らせだ。
「フリードリヒ少尉、後は任せる。また忙しくなりそうだ。」
作戦のブリーフィング用資料を持ってきたのだろう。
いよいよ機甲隊の出番も近づいてきたという事だ。
「退出致します。失礼しました。」
「うむ。」

     ×     ×     ×

司令艦隊から一艇の高速潜水機が送られてから暫く経つ。
俺の方も、幾人かの隊員と一緒に自分の機体のチェックやら、微調整やらを行なっていた。
クレメンスが整備と揉めていたような気もするが、殴り合いにならなかったようなので問題ないだろう。
新しい環境での操作にも慣れてきた。
この手狭な空間にも居心地の良さというものを見いだせそうだ。
『告げる、こちらブリッジ。総合ブリーフィングを執り行う為、各部班長と機甲隊員全員は第二ブリーフィングルームへ集合願います。』
放送が行われると各員はその表情を強張らせた。
それは、今までの何かを始める前の緊張感というより、命を掛けることになる恐怖への緊張感だった。
「お呼び出しだ。行こうか。」
ハリーさんが下から声を掛けてきた。
機体から降りると、隊員たちが待っている。

「全員集まったな。これより、エインヘリヤル奪還作戦の総合ブリーフィングを行う。」
第二ブリーフィングルームは第一室よりも大きな部屋だ。
この部屋では、複数艦隊での作戦について説明、議論を行うための設備が備わっている。
扇状の雛壇になっている椅子。
その最前列に座った俺の目の前には艦長と副長、それに見慣れない女性が2名いた。
一人は金髪、もう一人は赤毛、どちらも背の高い、インテリ風な感じだ。
「先に紹介しておこう。司令艦隊参謀部のカミラ・ブック中尉とレズィー・ゴルツ中尉だ。」
紹介を受けたブック中尉とゴルツ中尉が敬礼をした。
会議室の中心へブック中尉が歩き出す。
「中尉、概要を。」
「はい、早速ですが貴艦のこれからの動向について概要を説明いたします。」
想像よりも少し落ち着いた雰囲気の声で中尉が話はじめた。
「ゲオルグとその機甲隊は現状にて待機、作戦開始と同時に機甲隊を展開し、左右両翼の最後列で突破した敵勢力と交戦します。」
要は司令艦隊の露払いというワケだ。
そうならそうとハッキリ言えば良い物を、こうも回りくどく言うのは彼らのプライドだろうか。
「敵の防衛艦隊が70%を下回った場合、貴艦らは攻勢に参加します。厳密に言えば、機動魚雷及び電磁投射砲による諸島と敵艦への追撃です。」
追撃作戦というのに参戦した事はないが、ダイバーズシルエット用の小型電磁投射砲も使用するという事か。
威力は弱いが、ライフルよりも長射程で攻撃できる。
取り回しが少々悪いが、交戦距離を考えていれば攻勢に使う分には問題ない。
「質問だ。」
「はい、なんでしょう。」
アーティルス大尉が口を挟んだ。
彼はその場で立つと、両手を腰に当てて楽な体勢をとった。
「楽観的に考えるのは結構だが、こちらが不利な場合はどうなる?まさか撤退なしの玉砕命令なんかじゃないだろうな。」
想像はし難いが、絶対はない。
どうしようもない状況に陥る前に対処しなくては戦争そのものに負けてしまう。
上層部がそれほど困窮しているというのも考えにくいが。
「当たり前です。両翼のいずれか40%以上を損耗した場合、残った艦で一時的に後退します。」
「で、逃げた後はどうするんだ。解散したところ各個撃破なんて事は御免だが。」
「ええ、後退後は艦隊の配置転換をして敵の追撃艦隊を絡めとります。」
えらい説明口調だが、それがいっそう楽観的に聞こえる。
この布陣に異論があるという事ではないが、何か不安を感じる。
別に対応に万全を期して悪いワケではないだろう。
「それが成功次第、我々は作戦計画を再度手直しし、増援を見込む場合はこれを待ちます。」
その間に敵が更に追撃艦隊を送り込むというのはあまり考えてはいないのだろう。
敵側にも損耗の修復に掛ける時間は必要だ。
一度追撃艦隊を出して無事に我々の戦力を削ぐ事が出来るならばそれに越した事はないが、返り討ちに遭うならばそれ以上損失を生むのは得策とは言えない。
「また、今回の作戦における火器の使用制限ですが、後方艦隊である貴艦らの場合には他艦隊への被害が出ない武装が望ましいと判断されています。」
前方への迷惑といっても、ダイバーズシルエットの装備でそこまで戦場全体に影響のある装備はそうそうない。
先ほど言っていたような電磁投射砲を艦に繋ぎ、電力を供給した状態で甲板からバカスカと撃っていれば話は別かも知れないが。
もしくは、軍が研究しているという重粒子加速投射砲と呼ばれるようなものでも出来るだろう。
「機動魚雷については?」
「ダイバーズシルエットが装備、使用する分には先ほど申した通りの規定に沿って頂ければ問題ありません。他には?」
前衛に近づき過ぎなければほとんどの装備は使用可能だろう。
個人的には予備弾倉を十分に携行していれば、ライフル一丁と少しの特殊武装で事足りるはずだ。
しかし、量を多く持っていれば機動性が落ちるのでそれも良くない。
「無さそうですね。」
必要な事は全て話したとばかりにブック中尉は艦長へ目配せし、広げていた自分の資料を片付け始めた。
周りから何も声が上がらないところを見る限り、内容にそれ以上の疑問はないようだ。
事実として、俺自身も彼女の説明と資料から問題なく内容を汲み取る事ができたのである。

ブック中尉が後方に戻ると、艦長がまとめに入った。
今回の作戦、軍令部による厳重な情報封鎖で覆われているため、正確な部隊の配置が現場の機甲隊員に伝わっていない。
艦長らには作戦の構成時に説明があったようである。
それほど情報部を信用出来ないまでにエスペニアはこの作戦に賭けていた。
俺だってそうだ。
まさか新鋭艦でという事は思ってもいなかったが、反攻作戦に最前線で戦う事は想定していた。
それがこの時代にダイバーズシルエットのパイロットになった俺の覚悟だ。
「それでは各員、開始まで待機作業の準備だ。解散!」
艦長が話を終え、みんながそれぞれの作業へ戻ろうと席を立ち始めた。
作戦の開始まであと3時間しかない。

     ×     ×     ×

『発アルブレヒト、伝全味方艦。本日、天気晴朗なれども波高し。皇国の興廃この一戦に有り。各員、一層奮闘努力されよ。』
作戦開始まであと30分を切ったところで艦内放送が入った。
艦隊列の再編によって一時的にゲオルグには補給艦3隻が指揮下に置かれているものの、こちらとしてはお荷物であると言わざるを得ない。
各艦のダイバーズシルエットは燃料温存の為、哨戒や伝達で働くもの以外の出撃はない。
俺たちもまたコックピットに入って待機するだけだった。
パイロットスーツは緊張感を表すようにキツく感じられた。
『各員、そのまま聞き給え。本艦の主任務は左右両翼の援護にある。司令艦隊の護衛ではない。気を楽に持ち給え。』
ゲオルグは機甲艦隊の真後ろにいるが、同時に司令艦隊の前方でもある。
左右の戦列分艦隊に力添えをするのが目的であるため、攻撃を執拗に受けるという事はないだろう。

「あー、暇だな・・・。」
ホルストが漏らすように声を流したが、妙に昂ぶっている連中以外には効果抜群なようだった。
「静かにしたらどうだいホルスト。レオンだって静かなものだって言うのに。」
顔を下に向けたままでコンラートが話していたのがウインドウに見えた。
レオンハルトの方はというと、カチャカチャといった音が聞こえる。
彼の趣味が筋トレである事から察するにどうせダンベルか握力グリップの類でもやっているのだろう。
「ふむ、しかし暇であるのは確かだね。司令艦隊の女性方に良い所を早くお見せしたいよ。」
アレクシスも会話に参加するかと思ったら、何のことはない、いつも通りの彼であった。
開始20分を切る。
敵の哨戒は集合域のギリギリの範囲に今いるらしい。
しかし、今出会って全力で潰しにいったり、艦隊の数を悟られては意味が無い。
「私語を慎め。いつ火が点いてもおかしくないんだからな。」
今は息を潜める時期だ。
だが、今騒ぎが大きくなって突発的に動くのはマズい。
戦線が開いたところから始まっては各個撃破の対象である。

『パッシブより入電。”発ヒュンメル、我敵潜航艦と会敵にあり。”なお、以後の伝達は光暗号とす。司令艦隊の別名を待て。』
味方通信網全編での通信で会敵確認。
時間までは少し早く、敵に先手を見られた形になったようだ。
「来ました~!おい、嬢ちゃん!出撃許可まだか!?」
苛立ちをみせるようにクレメンスがブリッジへ確認をとる。
しかし、フランツィスカはそれどころではないらしく、通信の制御で手一杯になっていた。
「ま、待って下さい!旗艦から入電です!!」
 『発アルブレヒト、皇国軍全軍はエインヘリヤルを奪還せよ。敵は恐るるに足らぬものである。皇王陛下に敵将の首を掲げよ!』 
旗艦からの攻撃開始許可である。
部隊内で歓声を上げているのが聞こえる。
第一機甲隊の面々は出撃に備えて静かに時を待っているというのに、この面々は賑やかこの上ない。
俺もこのメンツを止めるのは無理と悟っているので野放しだが、緊張感を持って欲しい事は一応常々言っている。
艦隊間広域レーダーでの動きが加速しだした。
戦列分艦隊が前進を始めている。
会敵していた敵艦は既にその反応をなくしていたが、右翼の戦列分艦隊には新しい艦の反応が増えていた。
ゲオルグは補給艦に相対距離を縮めるように指示を出し、いよいよもってダイバーズシルエットを出撃させる段となった。
「フランツィスカです。ダイバーズシルエット各機は展開を開始してください。
 第一機甲隊は左翼側、第二機甲隊は右翼側にて撃ち漏らしの対処をするようにとの指示です。」
ボックスに移動の気配は無いが、第一機甲隊の出撃は始まっている。
今第一陣の出撃が行われ、第二陣の準備がされていた。
第二機甲隊もこの分ならすぐに出られるだろう。
「フリードリヒ少尉、第二機甲隊の出撃準備が完了しました!タイミングを各員の任意に移行します。」
「出撃準備完了、了解。第二機甲隊は右翼へ展開する。」
フランツィスカも俺たちの扱いに慣れてきたらしい。
機体の一次ロックが解除され、隊長機の許可を待つのみだ。
「よし、お前ら!今回の撃墜目標は一人につき2機だ!特に多い奴には俺が何か奢ってやる、気合い入れてけ!!」
任意出撃許可を発信し、二次ロックが解除される。
その直後に出撃カウントをとり、出撃を行う者数名。
血の気が多いのも困りものだ。
こちらの方もうかうかしていてはいられない。
「こちらツェット1。出撃シークエンスを再開する。」
半数が出撃を終えたところで、ブリッジへ出撃を伝えた。
シークエンスと言っても相変わらずのハーフスクランブルなのでカウントは3からである。
リニアレールへボックスが移動し、機体の体勢が変わっていく。
「3,2,1・・・レディ、エントリー!」
エントリーゲートを開放、機体に負荷が掛かりながらもスロットルを開けて加速を続ける。
加減はシミュレーターで掴めるようにはなっていた。
レーダーを確認、前衛の舞台が広域に展開しているせいで敵機が漏れてきている。
「くっそ!楽だと思ったのにこれかよ!?2機じゃ済まねぇぞ!」
装備はライフルのサイクルを無理やり上げたものにしている。
戦列分艦隊が崩壊する事は想定外なので機動魚雷は2機を携行しているのみだ。
稼働限界は12時間だったが、こちらが保たないので3~4時間が限界という所だろう。
「慌てなさんな!これならやられるだけだ!手順通りいくぞ!」
各機がカバーしあえるギリギリの範囲に広がる。
ツーマンセルを決めているワケではないが、2機で追い詰める戦法は常套手段だ。
何より、ロトの量産型であるゲーテは2機で相手した方が仕留めやすい。
機動性がシュトラウスより低い分、包囲した方が相手しやすいのである。
「たいちょー、ヴェラちゃんが突っ走って前衛の攻撃域に入りそうでーす。」
ヴェラのサポートをしていたホルストが忠告してくる。
突貫役とはいえ、現状では少々やりすぎだ。
「おい、ヴェラ。がっつき過ぎだ。そんなに肉食いたいか・・・?」
小声がさっきからチラチラと聞こえるのである。
内容は肉。
大方俺に奢らせる腹積もりなのだろう。
こういうのが肉好きというのは決定事項なのだろうか。

「よし一番乗り!!こりゃ一人勝ちだな!」
クレメンスが1機目を仕留めたらしい。
まあ長々と見渡しているよりはまずまずである。
それはそうと、こちらの方にも1機向かってきている。
レーダーに映る機体の速度が早い。
「ただのゲーテじゃなそうだな。」
急加速に気をつけてゆっくりとスロットルを開ける。
敵との相対距離が急に近づいては仕留められないのだ。
機内にロックオン警告が響く、おそらく敵機の機動魚雷が発射準備に入っているのだろう。
「・・・来る!?」
ここでカウンターアタックをしていては機動魚雷の無駄になる。
接近を続け、ライフルで撃墜させるべきだ。
このままでは衝突しかねない、そのくらいで良い。
「なんだあの推進器!?」
モニタが演算拡大で敵の正体を露わにさせる。
通常、腰の推進器はシュトラウスよりも小さい、だがそのサイズが2倍はあった。
この距離では演算修正を行なっても命中させる事は困難だろう。
まだ接近する必要があった。
「発射してきた!?」
ビービーとロックオン時よりもけたたましい音がヘルメットを揺さぶる。
1射目をこのタイミングで、ということはコイツはおそらくブラフだ。
小刻みな動きをしやすい様に少し速度を緩める。
最低限の回避であの機動魚雷を撃墜させたい。
「今だッ!」
機動魚雷へライフルの照準を合わせ、機体を斜め上方へ。
釣られて上がって来ようとするが、そうは問屋が降ろさない。
ライフルのトリガーをコンマ数秒、弾数にして3発ほどを叩き込む。
「さぁ!このまま!」
後方に爆発振動を感じつつそのままの速度で前進を続ける。
敵のゲーテの速度は速いとはいえ、フリースナーの比ではない。
ハッタリの弾幕を敵へ浴びせる。
どうせ回避されるだろう。
「やるな…。だが、デマカセで撃ってるんだ。避けてもらわないとな!」
ダイバーズシルエットに乗ると独り言が多くなるのはパイロットの常らしい。
前にそんな記事を新聞で読んだが、どうやら俺もそのようだ。
敵が弾幕の上へ抜ける。
まだ少し敵との距離があった。
「分かってるんだ、上に来るのはッ!」
今まで使っていなかったスイッチを押し込む。
ライフルでも機動魚雷でもない、オプション用のスイッチだ。
追加兵装、クラスターショット。
いわゆる拡散グレネードだ。
しかも効果範囲を任意に設定できる。
「こちらツェット1。敵機の反応消失、撃墜を確認。俺もようやく1機目か。」
味方の位置情報を確認する。
先程からイーリス機があまり動いていない。
スコアカウントも0のままだ。
「イーリス、どうした?」
「い、いえ。平気です。」
何かに押し潰されそうな声だった。
幸い、気分が悪いワケではないように聞こえるので、戦場の雰囲気に飲まれそうだったのかもしれない。
大規模な戦闘で殺気のようなモノを感じる事は珍しくない、よくある事だ。
「そうか。だが無理はせんで良いぞ。」
会話を挟んで我に返ったのか、イーリス機は前進を始める。
相応の訓練は積んでいるはずだ。
恐れを抱いたという事でもあるまい。

     ×     ×     ×

「隊長、前方に敵6機!集団で来ます!」
エドガーの声がした。
彼は隊の前方で索敵をしていたのだ。
『右翼、第五戦隊が重度のダメージ!ダイバーズシルエットも相当数やられています!雪崩込みに注意して下さい!!』
フランツィスカがやや遅れ気味の報告をしてきた。
前方の6機は確かに戦列分艦隊のスキマを突いて入ってきている。
「エドガーはその場で制圧射撃、ほか数名手伝ってくれ!」
敵機は適度な距離を保ちながらハニカムフォームの編隊を組んでいる。
制圧射撃に動じることなく一定の間隔で侵攻していた。
クレメンスが側面から攻撃を掛ける。
「気を付けろ!分散したッ!」
攻撃を避けるためかとも思ったが違うらしい。
敵機は散り散りになり、編隊もその形を無くしている。
だが、どうにも怪しい。
練度が高い様に思えたのだから、何か裏がある様に思える。
「挟み撃ちにならないように気を付けろ!各個撃破だ!」
こんな状況で一番避けたいのは個別に追った先で挟み撃ちになる事だ。
撹乱するような機動をとっているなら、なおさら気を付けるに越したことは無い。
「コンタクト!野郎、対艦魚雷を大量に持ってやがる!こいつらの目標は味方艦だッ!!」
敵機を目視距離まで詰めたクレメンスが叫ぶ。
抜けたスキマから攻撃陣の後方へ抜けてさらに崩すという事らしい。
あるいは司令艦隊へ行こうと無茶でもしたのか。
『機甲艦隊にも被害が増して来ています!注意してください!』
どうやら悠長に考える事も出来ないくらい切羽詰まっていそうだ。
敵も待っていてはくれない、今はこいつらの対処が優先事項だ。
敵機のひとつを確認すると1機だけいやに速い、さきほど撃墜させた機体と同じ印象を受ける機体がいた。
コンラートが相手をしているが、どうにも敵の方が一枚上手だ。
「コンラート避けろ!」
制圧射撃をしながらスロットルを開けて急接近。
射撃を片腕での操作に切り替え、左腕に高周波ナイフを持たせる。
敵もそれに気付き、機動魚雷を構える。
だが、第三世代相手にそれは遅過ぎた。
「くらえ!」
全速力でのニアタッチ、機動魚雷にナイフを突き刺した。
魚雷が誤作動を起こすまでのタイミングで逃げ切ってみせる。
苦し紛れか、魚雷が発射された事を示すアラートが鳴るが、爆振動とともにそれは消えた。
「お見事です、助かりました。」
明らかに通常型のゲーテとは別仕様の機体だ。
どこかの専用機なのだろうか。
やはり先程の機体と瓜二つの外見をしていたのだ。
「こちらは1機落とした。残り何機だ?」
機体のスピードは高く、パイロットの練度も高い。
あまり敵に回したくないタイプであるが、こちらには数の上で利があるのだ。
そう安々とやられてなるものか。
「あと3機になります!」
戦闘中らしき声でテレーゼが応答してきた。
味方機の情報を表示、ダメージレベルはどれも軽微。
カスった程度のダメージが大半だ。
「了解だ。もう少しすれば戦列分艦隊が砲撃圏に入れる。」
全体での損失は艦が既に8隻。
見える範囲での撃墜された味方機は数える暇もない。
だが、相変わらず司令艦隊は前へ出てこようとしない。
『ゲオルグ所属各機へ通達、全機右翼の加勢へ向かわれたし。』
見るとまた1隻が海中へ没しようとしていた。
敵は右翼側の防衛を重要視しているらしい。
事前情報によれば、エインヘリヤルの東側にある一番大きな島が本拠地であるとの事である。
「俺らはこのままで良い。ゲオルグから指示があれば移動する。」
左翼側にいた第一機甲隊には良い補給時にもなる。
しかし、あまり良くないパターンだ。
ゲオルグのみでこの穴を塞ぐには役不足である。
それに、敵ダイバーズシルエットの数が多過ぎなのだ。
このままではやがて数を減らされて右翼側から敵の本隊が攻めてくる。
「俺たちももうひと踏ん張りしたら補給にありつけるだろう。状況が好転した時に弾が無いんじゃ意味が無いからな。」
周りを確認した所、丁度ゲオルグが第二機甲隊の後方に滑り込む所であった。
付随していた補給艦はそれより少し前進して、戦列分艦隊の補給艦がいる戦隊に同行した。
しかし、指揮系統はゲオルグに委任されたままなので、危険を感じればそれよりも後方へ下げる事も可能である。
「隊長、敵機1。撃破です。」
イーリス機からの通信だ。
いつの間にか状況にも慣れたのだろう。
撃墜スコアのカウントは2を示している。
ゲオルグの移動で敵の通過も無くなっており、周りには敵機はいなかった。
「良くやった!全員、第一機甲隊の移動を援護する。その後、補給の必要な者は1機随伴で補給艦へ迎え。」
【了解】

     ×     ×     ×

ゲオルグが右翼の加勢に集中してから約十数分。
味方艦の損失は今のところ緩やかだったが、ダイバーズシルエット隊への消耗は激しかった。
かくいう第二機甲隊も疲れを隠せていない。
報告によれば確認出来ている敵艦隊の2割以上が沈黙、地上施設への攻撃もそろそろ可能になるそうだ。
ダイバーズシルエットの方はいまだにぞろぞろと出てくるようだ。
「クソ、弾が少ない!他はどうか?」
もう戦闘が始まってから2時間半は経っている。
こちらの優勢は変わらないが、このままではいずれ大きく崩れる事もあるかもしれない。
弾薬の補給だけでもしっかりとしておいた方が良い。
「こちらも残弾が半マグほど。補給に随伴させていただきます。」
お互い、機体が高性能過ぎて休む暇なく戦闘していたのだ、疲れているだろう。
イーリス機が俺の後方警戒へ周る。
随伴といっても戦列分艦隊の後ろだ。
そうそう敵が来ることは無い。
「こちらはゲオルグ揮下、第二機甲隊のフリードリヒ機とイーリス機だ。ザルツブルグ、補給を要請する。」
独立機甲艦隊に臨時編成された補給艦のうちの1隻に要請をする。
司令艦隊が無理やりねじ込んだ艦だが、いないよりはマシなようだ。
外部補給設備はゲオルグと同等で、スムーズに受け取る事が出来た。
しかし、第三世代の補給仕様が行き届いていないようで、燃料の補充をしようとして慌ててそれを止めるという一幕もあった。
いつも相手にしている第二世代とは多少勝手が違うというのは補給艦も気の毒かもしれない。
十分な補給を終えると、次はイーリス機が補給を受けはじめた。
その間はこちらが警戒をする。
「・・・・」
あちらこちらで起きた爆震が鈍い波となって機体を揺さぶり、それが機体内で音になる。
そのゴーンだとかバーンだとかという音が不安感を煽って鼓動を速めていた。
イーリスも無言ではいるがその状況は同じらしく、荒ぶるとはいかないまでも静かにその息は熱を込めていた。
彼女の顔色を伺おうと映像通信してみる。
その目は俺ではなく、正面を向いていた。
まだ撤退命令は出ていない。
あの戦場にはまだ自分の敵がいる。
彼女はそんな目で眼前に広がる暗い海を凝視していた。
あと何時間戦い続ければこの戦いに決着がつくのだろうか。
今は暫しの休憩を活用して双方が英気を養う時だ。
まだ先は長い事を予感しつつも、不安と緊張に押し潰されまいとこの狭いコックピットの中で俺は息を整えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<2013/08/31>
Ver.1 完成。
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