第1話「少女と呼ぶには陶器質な」 -前編-
この星は未だに地上の色が濃かった。 宇宙に進出する事は出来ず、宗教戦争よりも利権戦争が溢れている。 そのひとつに海がある。 海の中に眠る鉱石、遺跡。 それらに関する利権は国力を誇示する為に不可欠であった。 栄歴1366年。 第二次大海戦争から既に30年ほどが経過していた。 世界をリードする大六国たるエスペニア皇国は戦争をしている。 エスペニア海の南にある無人列島の処遇に関する権限を新興国ロトと争い、結果として戦争へ陥ったのだ。 空中を舞う飛行機、海上を行く戦艦。 それらに混じり、海中を潜水艦が進む。 海中を縦横無尽に行き交う事ができる巨大な人、ダイバーズシルエットを載せて・・・。 × × × 『深度1.05。速度15ノット。進行目標、ダイラナズ。』 艦内放送が廊下で響く。 このヴィルヘルム級ゲオルグは母港ダイラナズへ帰還する。 処女航海を終えたゲオルグは新鋭の機体や備品を載せるために帰るのだ。 新鋭の機体、と言っても使うのは俺達ではない。 この艦のダイバーズシルエット隊は2つあり、俺は第二機甲隊の隊長をしている。 「隊長、艦長が我々を探しておられました。」 長身で細身の女性が俺に声を掛けてきた。 明るいブラウンの髪に緑掛かった瞳の女性だ。 「ん?何の用だろう?テレーゼ、心当たりあるかい?」 ベテラン揃いで華のある第一機甲隊とは違い、第二機甲隊は若手ばかりで経験の浅い者ばかりだ。 もっとも、俺もこの部隊が初の受け持ちになるのだが。 部隊の中で一応経験がある副官、テレーゼ・カッシラーは何も思い付かないといった風に首を傾げてきた。 艦長殿に呼ばれるような武功も悪知恵もしていない。 陸から伝達を受けるような事もそうそうない。 「まあ良い。今時間あるのなら行こう。良いかい?」 通路のど真ん中に突っ立って話込むよりそちらの方が賢明だろう。 テレーゼはコクリと頷き、艦長室のある自分の後ろ側の通路を開けた。 出来て日の浅い艦なのでどこもかしこも目新しい。 中でもこの艦の特徴は部隊そのものが再編成されたものである点に尽きる。 運用に関わるすべての人員において、他部隊からの配置変えによる若手とそれを補佐して教育するベテランがいる。 なんでも、将来主力となるべき人員の育成を兼ねているらしい。 「第三世代機、入るといいですね。」 放射線を受けるとそれを一定角度にねじ曲げ、熱振動を行うナード鉱石。 それを利用した動力源で駆動する第三世代は大六国の各国で正式仕様が公開され始めている。 今回の帰港で第三世代が第一機甲隊に配備される事となっている。 だが、我々のもとに配備されるとは聞いていない。 当分はまだ第二世代で頑張るしか無いようだ。 「2機種同時に配備開始らしいからな。第一機甲隊に優遇されて数次第でウチに流れるかもな。」 当然、第三世代に慣れる事ができずに第二世代を使い続ける者もいるだろう。 ベテランほど使い慣れたものに固執する事は多い。 『艦長室』とだけ書かれた札が付けてある鉄扉を前に息を整える。 艦長は父に匹敵するほど頭の良い方だ。 思わず萎縮してしまうほどに彼には威厳というものがあった。 「フリードリヒ・クライバーとテレーゼ・カッシラーです。」 ゆっくりとしたノックを2回、すこし間をおいてもう2回。 礼儀を重んじられる場だ。 扉の奥より「ああ、入りたまえ」と声がした。 軍人をまるで絵に描いたような風貌をどこか着崩そうとして失敗した髭の男性、アドルフ中佐だ。 中規模の潜水艦1隻で合計15以上の艦艇を沈めた経歴を持つ腕前の男だ。 「すまないね。今コーヒーを淹れよう。」 正面の席に座っていた艦長が立ち、ドリッパーに向かうかと思ったらテレーゼが自分がやると言った。 艦長はテレーゼにそれを頼むと、手前のソファーに腰を下ろし俺が座るように促した。 失礼、とだけ言ってソファーへ座る。 この艦長室は割と広々とした部屋であったが、艦長が持ち寄った書類や資料さらには雑学本などが大量に置かれ手狭に感じられた。 「何の御用でしょうか。艦長。」 ふむ、と少し思いに耽って艦長がゆったりとその翠掛かった瞳を開く。 帰港まではまだ少し時間がある。 陸に戻ってからでも話は出来るのでは無いだろうか。 「帰港の前に通達の必要があってな。私にも詳しい事は陸で、としか言われていない。」 艦長はそう言うと、手元に置いていた封筒を私の方に向けた。 その封筒には【部外秘 関係者以外閲覧不可】と判が押されている。 何かと思い、艦長の顔を見ると彼はただ頷いただけだ。 封筒を開けるとその中にはプロフィールが入っていた。 「上はその少女を君の隊が受け持つ事で第三世代を数機手配すると言っている。」 プロフィールにはイーリス・ハイヘルヘイム、栄歴1350年生まれ、曹長などと書かれていた。 顔写真をみるといかにもエスペニア人らしい顔付きをしたドールの様な少女が写っている。 「どういう事でしょう?ハイヘルヘイムといえば、南フォセルの貴族と覚えがありますが。」 エスペニア皇国の南、フォセル島の貴族にハイヘルヘイム公爵家というのがある。 だが、そこの家の家長は現在20代半ばと聞いている。 その妹君であると考えてもそのような事は聞いた覚えがない。 「ふむ、詳しい事は聞いていないがそのプロフィールが本物であれば正規の軍人である事は間違いない。」 経歴欄を見るとたしかに中央軍事士官校を卒業している。 エスペニアでは15歳から職業軍人になるための士官校に入る事ができた。 15歳が若いと諸外国からは言われているが、優秀な軍人に育てるためには早くから仕込んでおく必要がある。 しかし、16歳では士官校を卒業する事はできない。 「50年生まれ、という事はまだ16歳ですね。17であるなら分かるのですが。いかが思いますか?」 この少女、もしくは上層部、でなければその両方が何かを隠しているのは明白だ。 経験が浅い俺にはその何かを知るよしもない。 「事務方がミスをするとは思えん。公爵閣下の親族であるなら早くから政治利用で施設に預けられたのかもしれんな。」 俺の家は政治とはあまり関係のないタイプの軍家だ。 軍人として政治利用される事はあるが、大方の先人たちは皆それを拒否してきた。 貴族の家の事はあまり知らないが、複数人の跡継ぎがいるなら幼い者を排除するのが彼らなりの生き方なのだろう。 「お二方、それを知るのは陸でも良いのではありませんか?」 温かいコーヒーの入ったカップをテーブルに置き、テレーゼが口を挟んだ。 その彼女の笑みには何かを嫌がる感じがした。 野暮な話は良くないと思ったのだろう。 「そうだなテレーゼ、君はこの少女をどうすれば良いと思うかい?」 テレーゼにプロフィールを手渡し、代わりに俺はコーヒーに手を伸ばす。 彼女の淹れたコーヒーは心なしか薄かった。 コーヒーの淹れ方は人それぞれだ。 俺が淹れればもっと薄くなるし、ウチの隊にいるクレメンスに入れさせれば俺の3倍は濃く作る。 「そうですね、軍人としては優秀なようですので入れても申し分ないと思いますが。」 確かに、イーリスとされる少女の資格欄は凄まじいものであった。 陸戦、ダイバーズシルエットでの戦闘に関する様々なものが書いてある。 曹長という階級であるのが惜しいと思うほどである。 「それに、第三世代というものに興味があるのは我が隊も同じです。」 第三世代は非公開の部分もある最新機種だ。 おいそれと交換条件として出せるものではない。 通常であればもっと力を付けている隊から先に配備されるはずだ。 「だろうな。どうだろうフリードリヒ君、この誘いを受けないだろうか?運用艦の責任者としても戦力が多いに越したことはない。」 戦力が増えるのはいい事だが、それで足手まといが増えるのは御免だ。 それでもこのプロフィールを見たらそれを了承するだけの価値はあった。 なにより、俺自身が話をしてみたいと思っている。 「分かりました。前向きな検討をしておきます。続きは陸で、という事にして頂けないでしょうか?」 あえてこの場で決断をしないのは、信頼できるかどうかを陸で直接聞く必要があったからだ。 新造艦のメンツは優秀で少ない方が良い。 まあ、自分が優秀であるとはなまじ思ってもいないのだが。 × × × 明けて翌朝、ゲオルグは母港へとたどり着いた。 ダイラナズ港へ帰港するとすぐに物資の搬入が開始された。 その中には当初予定されていた通り、第三世代も含まれている。 「はやり第三世代は思ったよりもスマートですね。」 第三世代が運び込まれるのを見ていると隊員の一人であるエドガーがつぶやいた。 駆動系に関するエネルギー問題は第三世代の場合、ナード鉱石で解決を見ている。 その為、これらは今までの潜水機基準よりも人間により近い形をしていた。 「水流抵抗を考えたらシャープな方が理想といえばそれまでだがな。」 そう言いつつ俺は軍港を見回した。 ダイラナズは第三世代を本格運用するための母艦を収容する初の専用港だ。 その為やはりというべきか、当然のごとく様々な機器が目新しい。 「すまないが俺とテレーゼは一度司令所に出向く、上と話をしなくてはならんのでな。」 人員が増えるかもしれないとは先に言ってあるが、あの少女を見たら隊員たちは何と思うだろうか。 きっと女性隊員たちは可愛らしいと言って人形の様にめかし付けるだろう。 それに、エリート嫌いのクレメンスにおいては上の官僚を殴りに行きかねない。 俺も含めて全10人、そのすべてを正確に知っている訳ではないがそういったことは理解しているつもりだ。 敬礼をして見送る数名の隊員を横目に俺とテレーゼは搬入口を後にした。 「それにしても、我が隊に第三世代を配して利点があるのでしょうか?」 司令所までのそれなりに長い道のりを車で移動する最中、テレーゼが運転しながら俺に問いかけた。 確かに、彼女を隊に入れるだけなら頭ごなしに『君の隊へ隊員を一人追加する』と言えばそれで済む事だ。 それを隊を率いる者にわざわざ交渉のカードを差し出しているという事は『君に覚悟はあるか?』と聞いているに違いない。 きっと上層部は彼女に関する情報の一部を秘匿している。 口止め料を含めた軍上層部からの試練に対する報酬、それが第三世代機なのではないかと考えた。 「上層部はさぞかしあの少女にご執心なのだろうよ。あれだけ見た目は良いのだからね。」 はぐらかしてはいるが、テレーゼは頭の効く女性だ。 当然、俺の考えている事など百も承知だろう。 ここでいっそゲオルグへ帰るのが隊にとっては良い事なのかもしれない。 必要のない危険であれば避けるのが賢明だ。 それでも、俺はクライバー家の長男だ。 父の名誉を傷つける事はできない。 「隊長も世俗的な事をおっしゃいますね。」 テレーゼの言葉がチクリとくる。 上層部は皆男性ばかりだ当然俺も男で、彼女はそれを皮肉として言いたかったのだろう。 「まあ、そういうな。じゃじゃ馬だったから押し付けたいってこともあるだろう。」 司令所の建物はL字を描いたような白い建物だ。 この建物へ入る事は事務手続きや司令閣下(つまりは父)と会う時くらいなものだ。 実際、入った事は10回あるかないか程度だった。 「待たせたかね。行くとしようか。」 ビルかホテルのロビーを思わせる中央玄関に見入っていると艦長がやってきた。 何かを警戒しているのだろうか、足早に中へ入っていく。 艦長の後をついて屋内を歩くと、なるほど回りの目が厳しい。 新鋭艦の艦長とクルーが歩いているのだ、それも仕方ない。 艦長は一目でそういった役職であると分かるし、今この港にはゲオルグ以外は巡洋艦が何隻かある程度だった。 一方の俺達はその服装からダイバーズシルエットのパイロットであると理解出来る。 艦長職と共に行動するDSパイロットなどゲオルグの機甲隊くらいなものだ。 「ゲオルグ艦長旗下3名、参りました。」 艦長が扉に向かって威勢なく告げると事務方らしい軍服を着た男性が扉を開け、顔を確認するかのように我々を見た。 男性が退き、中へ案内されるとそこは飾り気のない割合こじんまりとした会議室のようだ。 その正面の座席に男性が二人座っていた。 片方は略綬を見せびらかす様に取り付けた大柄な男性で、もう片方はキッチリした服装の細身な男性だった。 「カール大佐ですね。私はゲオルグ艦長、アドルフ・ユンカース中佐です。 左が第二機甲隊の隊長でフリードリヒ・ハンス・クライバー少尉、 右がその副官でテレーゼ・カッシラー曹長になります。」 艦長が仰々しいまでに硬い面持ちで俺たちを紹介した。 それに合わせて敬礼を行う。 細い方の男性が席を立ち、口を開いた。 「開発部のカール・オズワルド大佐だ。こちらはツィオラ・ツェプター大佐。」 ツィオラ・ツェプター大佐、名前は聞いた事がある。 【ツィーツィー】と呼ばれる海軍の腕利きだ。 軍人としては優秀だが、下に属する者からはあまり好かれていない。 というのも、ギリギリまで接近するような手荒な戦法を好むからだ。 だが、最近ではあまり活躍を聞いて居ない。 ツィオラ大佐殿は自分より下の者が多いと分かっているからか少々ゆったりとした態度で敬礼をしてまた自分の席へと座った。 カール大佐殿が我々に座る様に命じるとそれぞれ近い席へと着いた。 「さて、まずは現時点での貴官らの回答をお聞かせ願いたい。」 少しばかり上目気味になってカール大佐殿が本題を始めた。 なぜツィオラ大佐殿がいるのかと思ったが、それはスルーされてしまったようだ。 艦長はコクリと頷くと私には関係ないとばかりに俺の方を見る。 「自分たちと致しましては、これだけの資料では”ノー”と言わざるを得ません。 しかし、第三世代に喉から手が出るほど興味があるのは間違いないのであります。したがって、こちらへ出向いた所存。」 精一杯の威勢を張って発言をする、テレーゼは助け舟を出すという事もなく俺の話を聞いていた。 こういう所では俺に全権を委ねるのが彼女の方針なようだ。 つまりは、コネがあるなら活かせという事だろうか。 「さすがクライバー少将の御子息と言ったところか、良い判断だ。我々としてもそうなるだろうとは思っていたがね。」 扉を開けて中へ通した事務官が今度は我々を含めた全員にコーヒーを配してその場を去った。 そのコーヒーを一口すすりカール大佐殿は話を重ねる。 「こんな事は聞いたことがあるかね? 現在、開発部では【第四世代】の研究を行なっている・・・とね。 それは確かだ。ナード機関とそれに付随する新機構を据えた機体の開発。それを今やっている。 そして、その研究の一端を握ったダイバーズシルエットのパイロット。それがイーリス・ハイヘルヘイム曹長だ。」 どうして実戦部隊へ配置転換しなければならないのかまで言う気は無いのだろう。 そこで彼なりの説明は終わった。 研究の一端というものにどれだけの価値があるのかは知らないが、第四世代という単語には惹かれる。 「その研究が成功、または終了したのでこちらへ人員を寄こそうというのですか?」 艦長が気になった部分を補完しようとするかのように質問した。 やはり、引っかかる部分は同じだったようだ。 「いや、正確には成功も終了もしてはいない。だが、ある程度環境の整った実戦部隊に一度身を置かせる必要があった。」 ズルズルと音を立てながらコーヒーを飲んだ後、ツィオラ殿が言った。 ツィオラ殿の堂々とした態度には目を見張るものがあるが、反面としてしか見習いたいとは思わなかった。 幹部としてはあまり部下から好かれるタイプでは無いからだ。 父であるクライバー少将に追い着きたいのであれば、皆に好かれる人間でなければならない。 「年齢を見れば16歳という事ですが、実戦の経験はあるのでしょうか?」 あまりに堂々とした態度のツィオラ殿に身動ぎする事なく、落ち着いた瞳で見据えた格好になった艦長が質問を続ける。 はっきり言ってしまえば俺が質問すべき事柄なのだが、彼なりに整理したかったのだろう。 だが、俺は上官たちが話し込んでいるのを見ているばかりで何を話せた訳でも無かった。 「いや、実戦経験は無い。今までずっと開発部で研究メニューをこなしていた。」 各種の軍事訓練を修了したあと、開発部に抱えられたため実戦はしたことないのだろう。 だが、16歳程度で実戦を行うのでは緊張感が保たない事がある。 実際に若いDSパイロットが初戦闘で失禁して帰って来たなんて事も聞いたことがあった。 俺の場合は何より意地が先行してそんな事は無かったのだが。 「よろしいでしょうか。確かに、メリットは大きい。ですが、デメリットが分かりません。」 どのみち、最終的にはまた判断をしなければならない。 そのためにはメリットとデメリットを比べておきたい。 強制的でなければそのくらい強気でも良いはずだ。 「そうだね。デメリットか、3つほどあるだろうか。」 カール殿がコーヒーのカップを両手で握り、手のひらを温める様にして一口飲んだあとに話を続ける。 その内容はこうだった。 1.軍の機密情報、レベルAに該当するものを墓場まで持っていく必要がある事。 2.不定期で要請される新型装備の実戦テストを無条件で受ける事。 3.目標値としてゲオルグの機甲隊は合計で100以上の戦果を上げる事。 以上の3つであったが、俺にはそれほど苦ではないように思えた。 「機密情報と新型装備は分かりました。しかし、戦果というのは何故です?働きをみるなら別の方法があるでしょう?」 働きそのものを確認するだけであれば報告書なり何なり提出を求めれば良い。 それが軍上層部のいつものやり方だった。 何か意図があるのではないだろうかと勘ぐってしまう。 「好待遇は良くないのでは無いかと思ってね。この方が君たちも気合が入るだろうと思ったのだが、別にこれだけは守る必要もない。」 要は洒落を効かせたといったところか。 カール殿も含んだ笑いをして我々を見ていた。 思い出すようにテレーゼを見ると、彼女は呆れた表情をしている様に見えた。 ふと、時計に目をやると時間は午後4時を少し過ぎたくらいだ。 30分以上話していた事になる。 そろそろ決着を付けなければならない。 「そろそろもう一度聞いても良いだろうか。分かっているだろうが、隊員の事もある。3度目の質問はないと思ってくれ。」 勇気を求められている。 理屈をこねくり回して話を延ばされているよりはマシなのだろうか。 少し厳しいような顔になったカール殿は前のめりで俺の顔を見ていた。 艦長とテレーゼは最初から俺に判断を委ねていた。 隊員10名、艦載員500名以上の命が掛かるかも知れない選択だった。 「・・・お受け致したいと思っています。それが上層部の望みなのでしょう?」 精一杯の虚勢だが、それでも良くやった方だと自分を褒めたい。 この申し出を艦長は目を瞑って頷き、カール殿たちはニヤリとして了承した。 第三世代と隊員の追加、それだけでも嬉しい。 気を良くしたのか、ツィオラ殿はコーヒーを飲み干して腕を組んだ。 「交渉成立、正式な通達と人員・機体の搬入はゲオルグが出港する前に行う。」 ゲオルグがエスペニア海へ向けて出港するのは今日から数えて10日後だ。 一度出港してしまったら1ヶ月ほど洋上生活となるので最後の休暇となる。 その途中や、あとに搬入をしていたのでは間に合わないのだろう。 「我々の部下にはどの程度の情報開示をしてよろしいのでしょうか?」 16歳の天才少女兵では隊員たちも納得がいかないだろう。 なにより、説明を求められて「分からん」で納得する隊員たちではない。 それで上に駆け寄られてもこちらが困るのだ。 「ふむ、そうだな。我々が特殊訓練を施した試験兵とでも言っておいてくれ。本人には必要な事実のみを言っても良いと言ってある。」 特殊訓練とはどのようなものか俺も気にはなるが、それで上手く騙されてくれるかは疑問が残る。 まあ、彼女とも話をしておく必要もあるのだろう。 × × × かくして、新隊員の増員が決定した。 あれで良かったのかとあの後テレーゼに聞いてみたところ、彼女は苦笑するのみで具体的な評価は得られなかった。 2日後には艦長宛に異動と搬入の通達が送られ、隊員たちの知る所となった。 俺とテレーゼは質問攻めにあい、ある程度納得するまで聞いていたら結局疲れて逃げるように自分のベッドでふて寝をしてしまった。 ちなみに、異動と搬入は5日目に行われ、配備されるダイバーズシルエットは指揮官機であった。 今日は帰港5日目、つまり今日はその搬入と人員が到着の予定だ。 「で、誰が搭乗するんですか?隊長!」 エドガーの声に耳を傾ける事もできないほどにそわそわしてしまっている。 少しでも精神を落ち着かせようとコーヒーを淹れて、考えが周るように砂糖を入れた。 「上からのお達し状だと隊長と新任の機甲参謀が乗る事になるな。」 うわ言とも思える様な事が俺の口から出るなど考えたくもなかったが、実際言っているものはどうしようもない。 さっき淹れたばかりかと思ったコーヒーはその白い紙製のコップを残してキレイさっぱりと無くなっていた。 実のところを言うと顔を会わせるのは今日が始めてだ。 もちろん、前日には電話を使って話こそしてはいたが、それではあまり特徴といったものを得ることが出来なかった。 「ああ、少尉。さっきこちらへ隊員が向かうと連絡がありました。」 昨日までに搬入された機体のチェックを行なっていたと思われる整備兵がコーヒーサーバーのある談話室の横を通る時に告げてくれた。 俺はこうしていても貧乏揺りをするばかりで意味はないと思い、整備兵に礼を告げて搬入口へ向かった。 ダイラナズは何度も言うように比較的広いため、移動の際には車を走らせて搬入口へ入る事が多いのだ。 「お嬢ちゃんならまだ来てないぜ、邪魔にならなきゃどれだけ待ってくれても構わんがな。」 ツナギの上半身を脱いでTシャツのみになった初老の男性が俺にスパナを向けて言ってくれた。 彼はこの艦の機体整備を監督するハリー・エンケ、整備班からはもっぱらおやっさんとしか呼ばれない。 若い隊員の多い第二機甲隊のメンツもだいたいそんな感じだ。 「それじゃあ待たせてもらいます。」 階級的には俺の方が上だが、彼の方が年上だし何より彼のお陰で安全に出撃が出来るので俺は丁寧な言葉を使う事を心がけている。 いつの間にか付いてきていたエドガーと共に待っていると今度は急に冷静さを取り戻してきた。 搬入口では、ハンガーに向けて見慣れない青い機体が移動されていた。 おそらくこれが指揮官機だろう。 確か、名前はブラオ・フリースナーと言ったか。 「搬入は2機だけか・・・。おこぼれはないんですね。。。」 軽く不貞腐れたように機体を見上げる。 ブラオのツヤ消し塗装された表面は青の色を一層暗く見せていた。 なんでも、青のツヤ消しだと敵から視認されにくいらしい。 今回搬入された第三世代機は2機。 さっきの通り、搭乗者は俺とイーリスというのが上からのお達しだ。 「おーい!車が来るぞー!!」 若い整備兵が腕をブンブン振り回して走ってきた。 重要なパーツなどを破壊されない様に整備兵の間では頻繁に行われるが、それ以外の人が見たら失笑ものでもある。 「お姫様にしちゃ、ずいぶんゴツい馬車だこと。」 面白半分にハリーさんが茶化すように言った。 乗り上げた自動車は軍用の機動車だ。 運転しているのは彼女ではなかったが、たぶんそうだろう。 検問の任を押し付けられたらしい整備兵が車を減速させてゲオルグの中に誘導した。 機動車の後部ドアが開いて低身長で軍服を着た女性が降りる。 やはり降りてきたのは少女だ。 薄紫の髪をしたその少女は、無表情に機動車を離れた。 「君がイーリス・ハイヘルヘイムだね。」 機動車に近付いて少女に声を掛ける。 彼女にも隊員たちの顔写真は渡っているはずなので、俺の顔くらいは分かっているはずだ。 イーリスは俺の顔を見るとそのまま少し固まった。 「はい、私がイーリス・ハイヘルヘイムであります。」 敬礼を正しい姿勢でするその姿は新兵に似た雰囲気はあったが、どこか透明感を持っていた。 その顔は若いながらも兵士然としてあるべきと悟った顔だった。 搬入口は一瞬緊張感に包まれた。 そんなのが始まりだ。 俺たちの出会いだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ <2012/01/04> Ver.1 完成。 <2012/06/16> Ver.1.1 発表用原稿完成。
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