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第1話「少女と呼ぶには陶器質な」 -後編-

海は広かった。
その海から得られる資源は莫大なものであり、各国はその利を得ようと領海争いを繰り返す。
大洋を行く潜水母艦、ゲオルグに艦載されたダイバーズシルエットもまたその利権を争う為のものだ。
後に第三次大海戦争と呼ばれる事になるこの戦争もまた、民族的な思想など垣間見える事のない戦争だ。
エスペニア海では既に2万以上もの犠牲者が海に消え、状況を好転させようと両軍はさらに兵を出す腹積もりでいた。
皇国の戦列を成す1隻がゲオルグであり、補給を終えたその艦は作戦の為にエスペニア海へ出港するのである。

     ×     ×     ×

「私がイーリス・ハイヘルヘイムであります。」
それがこの無表情そうに見える少女の発した艦での第一声だ。
俺がこの艦に機甲隊長として配属となった時からの不自然さはこれで一応の解決をみる事になる。
要するに、実験に加担させるには親が優秀な軍人である方がやりやすいということだ。
親の顔を立てるのも、泥を塗るのもその子供次第でどうにでもなるのである。
「実際に顔を会わせるのは始めてだね。俺がフリードリヒだ、よろしく。」
緊張など頭が真っ白になりすぎて忘れた。
握手を求めて出した手が震えていないか確かめる様に下を見ると、その視界にマネキンのような白い手が伸びて俺の手をとった。
俺の手の半分しかないのではと思ったがそうでもないらしい。
軍人としてはいやに柔らかい肌だったが、少しだけ大きい手は身長から想像しづらかった。
「ようこそ我らが母艦、ゲオルグへ!」
無骨な内装であるが、何日も寝泊まりする必要のある我が家だ。
俺にとってもこいつにとっても、陸に帰るまではそうせざるを得ない。
「自分はエドガー・アーサー・ドイル、軍曹です。よろしくお願いしますね曹長殿。」
やや嫌味掛かったように エドガーが挨拶をした。
軍では上官が年下だとちょっとした出来心でイタズラ、なんて事はよくある話だ。
もちろん、可愛げがなければそんなもので済まないのだろうが。
「艦長がお待ちかねだ、行こうか。エドガーは予定通りで頼む。」
エドガーに何か言おうと口を開きかけたイーリスを急かすように誘導。
悪態を突かれたのではたまったものではない。
当の本人はつれないと言った様な面持ちで、了承の意を唱えると俺達の進路とは別の廊下へ向かった。
イーリスはキョトンとしつつも俺の後ろに付いてきていた。
彼女を乗せてきた機動車は配備数の少ない車種だったのか、整備員たちがご熱心なことに素手やらスパナやらで”音”を確かめられて運転手を困らせている。

相変わらず何の変化も見られない艦長室の鉄扉に立つ。
やはりノックを2回と2回、計4回。
「フリードリヒです。新任を連れて参りました。」
中から返答が微かに聞こえ、勝手気味に扉を開ける。
コーヒーを煮るコポコポといった音が鳴り、書類を手にとって見る艦長の姿があった。
軍服がさらに少しだらし無い感じでいたが、面倒な書類にまみれていたのを考えると徹夜明けにでもなったのではないかと推測できる。
「ああ、すまない。取り付いている暇もないのでね。」
軽く軍服を着直ししつつ、艦長は書類と本の中から脱出を試みる。
少しバランスを崩すも脱出に成功してソファーへと腰を下ろした。
「イーリス・ハイヘルヘイム曹長であります。艦長殿、今後ともよろしくお願いいたします。」
彼女の自己紹介に艦長は姪でも見るかの如く微笑んで返した。
一方のイーリスは慣れているのか無関心なのか、まったく微動だにしない。
「よく来た。我々は君を歓迎しよう。しかし、着任早々で悪いがこの艦は数日中に作戦の為エスペニア海に向かう事になっている。」
今やっている積荷の作業を終えると、ゲオルグは問題の海域へ向けて出港する。
その海域では航行艦と戦列艦、それに各種潜航艦の類を3重4重にしてロト側に戦域を押し込む作戦が行われる手はずとなっている。
新鋭艦として敵側にも意図的なリークをしてある本艦は、それらを統制して侵攻する役の一端を担っていた。
「実戦の数もそれなりになるだろう。生き残りたければ臆病になるか、この艦に慣れるか。つまりはそういうことだ。」
最後にボソリと「私は後者の方が良いと思うがね。」と付け加え、艦長は目頭を揉んだ。
イーリスが少しだけ遠い目をしたと思った。
だが、それが本当なのか、だとしてもどう思っているのかは良く分からない。
「皆様の、皇国のお役に立てるように努力いたします。」
ぎこちない動きがデフォルトなのか、緊張なのかは知らないがカッチリした動きだ。
「そう固くなる事はない。私の様なオヤジか、若い兵士しかこの艦にはいないからね。皆良い人間だよ。良い軍人かはさておきね。」
この艦の特徴ではあるが、あまり得意げに言う程ではないと思う。
どうやら少しややこしくするのが彼の言い回しらしい。
そうこうしている間に次の予定が迫って来てしまった。
「そろそろ時間ですね。イーリス、君の歓迎会をとり行う用意が出来ている。行こうか。」
待っていたとばかりに艦長が立ち上がり、それに釣られてイーリスも立ち上がった。
淹れかけのコーヒーには悪いが、その場を後にする。

この艦は潜航母艦であるが、ダイバーズシルエットの入出を行う為にデッキが用意されている。
それほど大きい物ではないが、それでもロボットの入出である。
人間が集まるには丁度いい事だろう。
「お、来た。おーい!こっちですよー!」

     ×     ×     ×

『微速前進。進路、エインヘリヤル。艦隊旗を掲げる。』
サイレンを鳴らしてゆったりと岸を離れる。
ゲオルグは一度南栄海の方へ抜け、ぐるりと周って東側から目標へ向けて航路を行くことになる。
エインヘリヤル、それが今まで半世紀以上も名前を付けられずに放置されていた無人諸島の名前である。
皮肉なことにも大昔から伝えられた神話にある、偉大な戦士たちの魂が集う場所とされたのだ。
「艦隊旗、か・・・。単艦で良い度胸だぜ。」
通りがかりで嫌味のようにクレメンスが吐いた。
このゲオルグは単艦運用の予定が続くものの、いづれは第三世代の機体を中心とした機甲艦隊として再編が行われる予定であった。
そのため、第一独立機甲艦隊というような名の付いた艦隊旗を所有している。
「単艦とはいえ、立派な潜航母艦だよ。十分な戦力さ。」
彼は上のお役所仕事にうんざりしているようだったが、受け流しておかなければ早々に何かが切れるだろう。
愚痴に正論を言っても何も意味はないが、言い訳にはなるはずだ。
「けどよ、隊長さん。満足なバックアップも無しだってのに、そりゃねぇわな。」
クレメンスは官職があまり好きではないらしく、嫌味を堂々と言う性格でもあるようだ。
本来は随伴する他の艦がバックアップを行うのが通例だ。
旗艦としての運用が想定されているこの艦だけでは潜水し続ける事は出来ても、戦場では1ヶ月と弾薬が保てないだろう。
「他の艦隊とも合同だから少なからずバックアップはあるさ。」
制面作戦であれば、大規模な戦列艦の艦隊が用意される。
ならば、補給艦も後方に配置されるばずなので、一時的にそちらへ合流する事になるだろう。
「それより、午後からの模擬戦ちゃんと出ろよ?新型でコキ下ろしてやるからな。」
パイロットとしての能力はどっこい程度だが、性能差があればそれくらいは出来るだろう。
カタログスペックが実戦で通用するかは分からないが。
「分かってるよ。新人の参謀殿とやらの力量もみてみたいんでな。」
体力テストなどの基礎的な測定は済ませているが、実戦に向けたテストはまだやっていない。
テストそのものの成績は良好であった。
同じ年齢の標準的な成績も一応調べたが男子どころかアスリート級の成績だった事は言うまでもない。

岸を離れて数時間。
まだ模擬戦の時間には早く、昼食くらいであった。
俺も腹が減っているので食堂へ行く事にする。
「ん、あら隊長さん。こんにちは。」
何百人と乗艦している割にはやたら狭い食堂。
その壁際のテーブルに幾人かウチの隊員がいた。
女子連中らがイーリスを囲んで昼食をとっているらしい。
「お前らまたか。テレーゼ、君まで・・・。模擬戦の準備は大丈夫なんだろうな。」
彼女に限って忘れるような事はないが、釘を刺す必要はあるだろう。
事実、彼女からの返事は「既に手配済み、この後調整。」との事である。
今日の昼食は鳥つみれのスープに若干硬めのパンだ。
過去の経験上、あと2日までは似たようなメニューになる可能性が高い。
「どうだイーリス、ウチの隊員共には慣れたかい?」
囲まれて鬱陶しいだろうが、この少女もいづれは部隊員として認識されるである。
我ながらこの濃ゆいと思わざるを得ないメンツには喰われる前に喰ってしまう他ない。
「皆、良くしてくれています。」
イーリスはぎこちないような微笑を作って応えた。
この分なら放っておいても十分だろう。
仕事に追われてあまり構っていないので、少し心配だったがそれは必要ないらしい。
「良いだろう。模擬戦での活躍も期待させてもらうよ。」

     ×     ×     ×

通常、ダイバーズシルエットはデッキを利用するため、専用のハンガーに保管している。
このハンガーは搬入口と繋がっており、運び込まれたダイバーズシルエットは順次移動されていた。
第三世代ダイバーズシルエット、ブラオ・フリースナー。
第二世代までのゴツい見た目ではなく、流線型でスリムな機体だ。
その所どころで整備兵が機体のチェックをし終わり、装甲を閉じようとしていた。
「お疲れ様です、ハリーさん。順調そうで何より。」
俺はチェック項目に眼を張っていたハリーさんを見つけ、声を掛けた。
部下をドヤすだけが彼の仕事ではない。
こうした整備全体の調整もしなければならないのだ。
「おう、とりあえず模擬戦にゃ対応できそうだ。パーソナライズ用のデータは自分で調整してくれや。」
基本に忠実なのは良い事だが、それ以上に個々のパイロットに合わせた修正も必要な事だ。
その辺に詳しい整備が付きっきりで手伝ってくれると良いのであるが、それは見込めそうにない。
「了解、データ修正は折を見てやっておきます。」
実の所、やりすぎると機体に負荷が掛かるので余裕を持った調整をする必要があるのだが、すぐにどうこうなる問題ではないので帰った後でも作戦に支障はない。
作戦が始まるまでにはまだ相当数の時間が必要だ、準備をする余裕は十分にある。
第三世代はウチの隊では俺とイーリスの2機分しか配備されていないので苦労は少ないだろう。
吊るしで降りてきた整備兵がハリーさんに整備完了の旨を伝える。
それを聞くとハリーさんは項目に最後のチェックを入れた。
「よぉし。隊長さん、火が入ってる。始められるぜ。」
さっそくと言いたいところだが、時間は少し早く隊員たちの幾人かが自分の機体をチェックしているのみだった。
自分も機体の確認くらいやっていても問題はないだろうか。
「ええ、機体みさせてもらいますよ。」
機体から垂れる吊るしでコックピットへ向かう。
コックピットの作りは第二世代よりも狭い感じだった。
ただ、基本的な部分では変わりはなく、見た目もそう違いはない。
シートに体を埋めると、いつもより手短かなところに操作パネルが見えた。
「どうだ、基本操作は一緒だが、エンジンの調子も見なけりゃならんからじゃじゃ馬だぞそいつは。」
いつの間にか後を追って上がってきたハリーさんが操作系を見渡している。
第三世代はナードエンジンで駆動するが、この出力抽出にはクセがあるようだ。
キーボードを呼び起こしてディスプレイに出力モニタを表示。
臨界の値が80を超えている、電力は安定しているのでこのくらいが良いのだろうか。
ハリーさんによると75を超えたあたりから使い物になるらしい。
「フルで動かすんならリミッター解除して電源枯らすつもりでやらにゃならん。」
マニュアルを読んだ限りでは電源が足りなくなっても急速充電である程度動くようになるらしい。
浅瀬であれば有用な策だろうが、海溝でやると危険だ。
「普段の状態でシュトラウス以上なんでしょう?ならそんな事は必要じゃないですかね。」
この機体、出力だけで見れば第二世代の正式量産型であるシュトラウスの1.5倍はある。
しかし、そのエネルギーを持て余すように機動性が高いのだ。
最大加速を出せば亜音速戦闘飛行機並の負荷が掛かるかもしれない。
「何があるか分かんねぇのが戦場ってもんだ。必要ならって感じかね。」
リミッター機構は機体負荷を軽減する為に存在している。
フル稼働させる為にはシステムへ暗証番号を入力しなければならない。

「隊長、全員揃っています。模擬戦は時間通りでよろしいでしょうか?」
コックピット内の調整を行なっている時にテレーゼから通信が入る。
時間を見ると20分程時間があった。
20分と言っても発進の開始までの時間だ。
「そうか、全員自分の乗機に乗るように指示、時間になったら順次出撃だ。」
機体の調整は終っていないが、仕方がない。
とりあえずシステムチェックをかけ直してエンジンの動力抽出を固定化させる。
「各機、聞こえるか。こちらはツェット1、フリードリヒだ。ブリッジから連絡が入り次第、注水開始だ。」
システムチェックは変更部分を許容、安定している。
「ブリッジ、聞こえますか。こちらツェット1。第二機甲隊への模擬戦の許可を願います。」
艦内に機体がある間の通信は有線で行われる。
接続のカットは機体を目標域に射出してからだ。
ブリッジ側で応答したのは若い女性士官である。
「こちらブリッジ、フランツィスカです。各機、正常稼働を確認。予定演習を許可、出撃管制を開始します。」
パネルで予定を確認するもどことなくぎこちないように見える。
もうこの艦での訓練は数を行なっているはずであるが、未だ手慣れていないようだ。
「ツェット1了解、出撃管制願います。ツェット2から11各機、準備出来た順番で出撃を許可する。」
ウチは順番を作ると出撃がもたつくクセがあるので基本ハーフスクランブルで出撃を行うようにしている。
こういうのは本来あまりよくないと言われているが、徹底したところで後の祭りである。
ダイバーズシルエットの出撃シークエンスは他の潜水機甲各種とは全くの別物だ。
アクチュエータだらけの機体をいきなり高水圧の中に晒すのである。
「各機注水を開始します。注水完了と同時にタイミングをセルフに移行。」
整備兵各員が退避、リニアレールのあるボックスに機体が下がり、注水が開始された。
この時の水圧はまだ浅いものであるが、これによって射出を容易にしているのは間違いない。
パイロットスーツはバイオニクスのフィードバックも兼ねているので締め付けがキツめになっている。
それが若干気になっているがまあ問題ではない。
「各パラメータ正常値確認。注水完了、ダイバーズシルエット各機発進どうぞ!」
ボックスのシグナルが赤から緑に変わる。
それと同時にパネルへセルフモードの表示が出た。
「ツェット1、レディ・・・・・エントリー!」
エントリーゲート開放と同時にスロットル全開。
水圧差で加速が増し、一気にGが掛かる。
航空機の感覚ともまた違うこの感じ、機体制御に手間取るが慣れればどうということはない。
最新型というだけはある、第三世代の加速は以前までのそれより最高速に到達するのが早い。
「隊長、どこまで行く気だ?行き過ぎだぜ?」
急加速に押しつぶされそうになりつつあるも、ヘルメット内に通信が入る。
気がつくと周りの機体をぶっちぎって予定ポイントの奥まで進んでいたようだ。
加速を無くし、慣性で速度を緩めて予定ポイントへ移動する。
「すまん、少々扱いづらくてな。第二陣到着後に予定を続行、はじめは・・・ヴェラと俺だったかな。」
そうこうしているウチに第二陣が出撃準備を終えていた。
ゆっくりと前進しているゲオルグを見ると、6つある射出口のうち5つから勢いのある泡で出来たような柱が出た。
それと同時にセンサーの反応が5つ増える。

     ×     ×     ×

「さあ、始めるぞ。ヴェラ、本気で来い。」
最大加速で逃げればシュトラウスの攻撃はかわせるだろう。
問題は機体のセーブを自分に合わせて掛けられるかである。
その辺のカスタマイズはあまり得意ではないので今は少々手間取っている。
「その胸、お借りします!」
ヴェラ機の推進が泡を立て一気に加速する。
ライフルがこちらを向いている、シグナル弾とはいえ当たればそれなりの衝撃はあるはずだ。
対するこちらは間合いを合わせつつ、ロックを修正、トリガーに指を掛ける。
「直線的過ぎる!砲撃の的だぞ!」
実際には丁度いい間合いをとれずにトリガーを引くタイミングが見当たっていない。
細かい軌道変更で撹乱はしている。
だが、激し過ぎてバイザーの視覚ロックオンが追いついていない。
気合で補正点を付けて軌道修正で当たりそうな部分を狙って、トリガーを引く。
「ッチ!ロックが機動に追いついてないじゃないか!クソッ!」
体はまだ耐えているのに、システムが追いついていないというのはもどかしい。
海軍局開発部が完成を急かされたと聞く第三世代はどうやらまだ完成の域に到達していないようだ。
視覚ロックの補正をやりたい所だが、戦闘中な上に加圧がひどいのでキーボードを打つ暇などない。
「弾が逸れてますよ隊長!当てるつもり、あるんですか!?」
ヴェラの威勢ある声がヘルメット内で加圧と共にけたたましく思えるように響いた。
単純な速度差で言えばこちらが上なのは明白であるが、それでも扱い慣れていない機体でやるのは無茶があったようだ。
後ろに周り込もうとしてもタイミングを取りづらい。
「分かっとるわ!これならッ!!」
方向転換の機敏性は圧倒的であるのを活かそうと急速潜航。
頭に血が行っているのを皮膚が感じている。
ようやっとヴェラ機が下に向けて銃口を向けた時には、こちらが急速ブローに入っていた。
「いっけぇ!」
一般的に並行航行時よりダイブ、ブロー時の方が弾がより直線的である。
本来ならブロー後にダイブして攻撃を行うのであるが、この機体であればジャマー効果があるのでロックまでに時間は掛かるはずだ。
引かれたトリガーに従ってライフルがシグナル弾を放つ。
距離を見るまでもなくライフルの収束射程範囲にヴェラ機があった。
シグナル弾がヴェラ機に着弾、機体が後方へ押されると共に俺のレーダーにあった反応が赤から緑に変わった。
「お見事、私の負けです隊長。」
勝ったのは良いが止まるのが一苦労だ。
加速を抑え、海面まであと数m程になった所でようやく機体が静止。
俺はそれまでに加わった加圧でヘトヘトになっていた。
「ああ・・・ありがとう・・・。ヴェラ、君も俺の言った事を吸収しているよ・・・。」
ゼェゼェ言ってハッキリと喋ったつもりがないが、一応意味は伝わっているようである。
ヴェラは俺の様子を汲み取ったのか、お話は後にしましょうと言って待機位置に移動を始めた。
さきほどの感覚から得られたデータで情報を修正したいが、気を落ち着けるのが先だ。
とりあえず、場をテレーゼに預けて時間をもらう。
「いやー、やっぱり羨ましいです。あんな高機動の機体だなんて!」
エドガーから通信が入る。
機体のポテンシャルは高いがその分パイロットの資質を問われる機体でもあった。
キーボードを改めて呼び起こし、再設定を開始する。
特にヘルメットの視覚ロックが火器管制でフォローできなかったのでそのあたりを中心に修正を行う。
「アレクシスか、マトモに動いてくれないと困るんだがな。」
クレメンスの声が漏れ聞こえた。
その相対をしているのはイルマ機だ。
クレメンスは女性に甘いのでスキを作りやすい。
「イルマさんですか。よろしくお願いします。」
アレクシスが珍しくハキハキとしているように聞こえた。
やる時はやるのだが、やらない時はとことん腑抜けて見えるというのが我が隊におけるアレクシスに対する公式見解である。
どうやら今日はやる気があるらしい。
「よろしく、手加減してると長引くわよ。」
イルマの方にも余裕の色が見える。
普段から余裕のある彼女だが、そのくらいで丁度いいかもしれない。
あまり労力を使わずに終えようとするアレクシスを牽制する目的もあるようだ。
「お手柔らかに。」
2機とも戦闘準備が完了し、テレーゼが合図を発する。
両者が駆るシュトラウスの基本戦法はヒット・アンド・アウェイだ。
これはダイバーズシルエットそのものにも言える事だが、機体の持つ機動力は潜水機よりも即応性がある。
それは、対戦艦用に特化した機能であるとされ、もたらされるAMBAC効果はパイロットに加圧を掛けた。
とはいえ、それは第二世代の平均よりも少し速い程度である。
「ブロー速いなー。さすがですよイルマさん。」
緩い口調だが、そのブローを見切って照準をずらさせる彼も彼である。
ガス圧ライフルの弾道はフルオート時にバラけやすいので、避ける範囲が必然的に広くなる。
アレクシスはその範囲を把握して確実に避けて移動していた。
「まだ余裕そうね。さすがの減らず口だわ。」
機動力をウリにした戦闘とはつまり、パイロットの技量よりもその個人がどれだけ過負荷に耐えられるかである。
理論上、急な動きに耐えられるのは女性の方だったりする。
それがダイバーズシルエット部隊で女性が男性と対等に評価を受けられる理由でもあるのだ。
イルマは機動戦に特化しているので、撹乱が得意なアレクシスとは少々分が悪いかもしれない。
だが、アレクシス機はまだあまりライフルを使っていなかった。
一方のイルマ側は消耗が激しい。
既に2つ目のマガジンへ左アームが伸びていた。
「そろそろ良いですかね。」
ライフルの既着弾倉がパージされる時を見計らってアレクシス機が急接近をする。
それに気付いたイルマ機は後退でそれを避けようとする。
「それっ!」
アレクシス機がライフルをイルマ機へ向けて投げた。
回避に出たイルマ機を出し抜き、更にアレクシス機が近づく。
近接用のロッドが腕から伸び、イルマ機は捕らえられた。
「捕まえましたよ、”ご婦人”。」
女性に弱いアレクシスならではである。
イルマ機の機体、特にコックピット周りへの被弾は皆無であった。
諦めたイルマが降参して模擬戦終了。
「見事だ、アレクシス。本番もそういう調子でいてくれると助かるのだが、どうだい?」
忘れた様に付け加えるのは少々アレだが、俺の方の設定はだいたい完了している。
喜ばしい事にテストモードが搭載されているらしく、動体を捕捉して擬似的に照準を行える様になっていた。
アレクシスは途端にやる気を失って、いつもの腑抜け調子な声を発する。
「ありがとうございます。まあ、男性相手の方が早く終わったと思うのですがね。」
そういうとノロノロと下がって待機列に戻った。
次の模擬戦は楽しみと言っていたクレメンスとイーリスだ。
息巻いたクレメンスをイーリスがどうやり込むのか楽しみな所ではある。

     ×     ×     ×

「第二機甲隊各機!聞こえますか!?ブリッジより伝令です、今すぐ帰投してください!」
神妙な声色をしたフランツィスカが通信を入れてきた。
同時に、パネルのひとつに赤いアイコンが表示される。
彼女の顔にも焦りの色が見えた。
「どうした?まだ時間じゃないだろ。何があったんだ!?」
落ち着いて対応を考えるが、情報を収拾しなければならない。
まずはセンサーを最大望遠にするが、敵影は確認出来ない。
とはいっても、ダイバーズシルエットのセンサー程度ではせいぜい2kmが良いところだが。
ゲオルグの大型センサーであればもっと広い範囲をカバーできるだろう。
「未確認の潜航艦を捕捉、第一機甲隊は既に戦闘の準備を開始しています!第二機甲隊にも待機命令が出ました!」
パーティー通信に静けさが響いた。
潜航艦同士のすれ違い、ゲオルグが実戦を行うには少々大物なようだ。
しかし、現在ゲオルグが航行中の海域がだいぶエスペニア寄りである事が大問題だ。
「分かった!全機ゲオルグへ帰投!武装換装後、各機出撃待機だ!」
不穏な空気を感じつつも、俺達には時代そのものを動かす事は出来ない。
ただ、その礎となって目の前に潜む敵を討つしか出来なかった。
今はただ、その潜航艦とやらが敵でない事を祈るばかりだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<2012/06/10>
Ver.1 完成。
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