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第2話「焦りを覚えるにはまだ早く」 -後編-

第二次大海戦争におけるエスペニア軍の戦果は伝説的と言える。
いち早く大艦巨砲主義から脱却し、潜水機による戦術を確立したエスペニアは敵の大型艦を沈めていったのだ。
現エスペニア皇王、ヴェルナー3世はこの機動戦術を得意とする将官を評価する傾向にあった。
これは同国が潜水機の後継としてダイバーズシルエットの開発に注力する大きな要因ともなった。
それこそが現在のエスペニア皇国海軍の成り立ちの一角である。

しかし、一方のロト共和国は長年に渡っての対エスペニア訓練を積んでいた。
ダイバーズシルエットを量産し続けた彼らは開戦のきっかけを探していたのだ。
自分たちを虐げてきたエスペニアに対する恨みをいつ晴らそうかと伺った彼らの矛先は無人諸島へ向く。
そこにはエスペニアと争ってでも手に入れるだけの価値があった。
念願であった打倒エスペニアはおろか、世界の覇権を握ることですら容易く出来ると信じて疑わなかった。
旧文明の遺跡に残された圧倒的な武力、未だどの国も成し遂げられないWataZの運用。
その幻想が彼らを奮い立たせた。

     ×     ×     ×

書類仕事と言ってもそう簡単なものばかりではない。
一部の書類についてはテレーゼの協力もあってスムーズにこなせている。
今、目の前にある書類もいくらかは軍務規定の変更とか、作戦についての概要とかその類のものだ。
そう考えれば少しは紛れるかと思ったが、無理なものは無理である。
「コーヒーでもとりに行くか。」
恥ずかしながら自室にはコーヒーサーバなどという文明じみた便利な品はない。
スルリと開いたドアを潜り抜け、廊下に出ると丁度エドガーが目の前を通った。
「ああ、隊長。こりゃどうも。」
「よう。・・・まったく、書類が多くて手が進まんよ。」
エドガーは暇を潰すのが仕事なようである。
下士官はこういう時ほど暇なものだ。
「私はコーヒーサーバを使わせてもらおうかと思いましてね。」
彼は副官であるテレーゼとは違い、隊の仕事が無いので自由時間が比較的多い。
よく本を読んでいるが、コンラートほど本の虫であるというわけでもない。
「しかし、君とは初対面からどれほどだったか。長く感じるよ。」
お互い父親同士が将官クラスなので隊結成以前に彼とは顔を知った仲だ。
エドガーの父(とは言っても養父にあたる)デーブ閣下と我が父は兄弟弟子のような関係だ。
共に直系の機動戦術を受け継ぐ者同士であり、幾度かの戦場を共にした戦友だ。
そんな理由から俺たちは軍の主催するパーティーで会っては話をする程度には友好的だった。
「私が9つの時ですから、もう10年近く昔の事になりましたね。」
「隊の予定者リストを見た時は驚いたよ。軍に入ったとは聞いていたけど、操艦の方だと思っていたからね。」
ダイバーズシルエットのパイロットになると俺が言った時も驚かれたものだ。
俺の場合、父の下で先陣を切るために士官になったが、エドガーは士官校には行かなかった。
それでも軍人の道を選んだのは彼らしい事である。
「私は操艦もよりも、こちらの方に才がありましたからね。」
才能というのは恐ろしく、そして残酷に現実を見せる。
独学で操艦に関する勉強をしたが全く身につかなかったのが良い例だ。
「どんぐりの背比べだ。今度立体チェスでもどうだ。」

食堂室に入り、糧食長に断りを入れてコーヒーを準備する。
俺の場合は薄く、エドガーが淹れる場合は店売り程度の濃さだ。
「クライバー隊長を見ませんでしたか?」
声のする方を向く。
テレーゼが俺を探しているようだ。
「こっちだ、テレーゼ。どうかしたか?」
それまで座っていた丸椅子から腰を上げる。
彼女は鞄を手にして中に身を乗り出していた。
こちらに気付くと彼女は少し姿勢を直した。
「隊長、海軍開発局から新しい書類が来ています。」
乗り出した身を降ろしてテレーゼが鞄を開く。
その中から取り出した封筒をそっと置いた。
封筒を受け取り中身を確認、中身は2枚程度。
海軍開発局はどうにも書類を作るのが好きらしい。
「アンケートか。簡単なものであれば良いが。」
ゴボゴボと鳴り出したコーヒーが呼んでいる。
「ふむ、了解した。おつかれさん、テレーゼも一杯どうだ?」
「いえ、私は失礼させて頂きます。」
こうして日々の仕事が溜まっていくのである。
用事が終わるとテレーゼは軽く敬礼してその場を後にした。
「そういえば、第三世代機の一般配備っていつでしたっけ?」
白けた顔でコーヒーを見つめている俺にエドガーが会話を続ける。
「詳しくはまだだったが、7月の終わりくらいからだったと思う。」
今が6月の終わり、つまりあと1ヶ月は先の話である。
現状の問題を根本的に解決したものが配備されると良いのだが、どうなるかは予想できない。
それに、急な仕様変更で生産が間に合わなくて配備が遅れるなど日常茶飯事である。
「ゲオルグにも人数分入ると良いですね。楽しみだ。」
第二機甲隊も正式配備時には一部を除いて総入れ替えの予定だ。
入れ替え後もしばらくは機種転換のためシュトラウスとの併用が見込まれている。
ゲオルグは第三世代機の運用フラグシップモデルであるため、当初は全機をフリースナーにする案もあったようだ。
だが、第二機甲隊はまだスコアの少ない者ばかりであるため様子見を兼ねて先送りされたと聞く。
「明日の飯より今日の戦場を生き抜け。エインヘリヤルを奪還しない事には話が進まんさ。」
死んでは元も子もない。
散々聞いた言葉だが、海に出る度にそう言い聞かせるしかない。

     ×     ×     ×

エドガーと別れ、コーヒーを自室に持ち帰って書類の山と対峙する。
よくもまあこれだけ作るものだと関心しつつ仕事を再開。
戦闘の報告書は書き慣れてきたが、その他に関しては書き方に悩まされる。
食事をとったらやる気が萎える気がして書類に向かってはいるが、とうにコーヒーもなく腹も減ってきた。

コツコツ。
ドアのノック音が聞こえた。
来客は手が休まるので丁度良い。
「はーい、どうぞー。」
了承するとドアが開く。
頭があるであろう方向に視線を向けたがそこにはなく、少し下へ向けると薄銀の細い髪の毛をした頭があった。
イーリスが何かを持ってきたようだ。
「ハイヘルヘイム曹長です。糧食長殿から食事をとりに来ないのでこれを持って行くようにと言われました。」
「そいつは助かる。書類が溜まってるものでね。」
見るとホットサンドがポテトサラダを添えて盆に乗っている。
遠目なのでよく分からないが、パンの焦げた香ばしさとサラミが熱で柔らかくなった薫りはよく伝わってくる。
おまけにコーヒーつきだ。
イーリスは机の脇に盆を置くと、積まれていた書類を綺麗に整頓させて安全な域に盆を置き直してくれた。
「ありがとう、そういえば俺の部屋は始めてだったか?」
用もなく女性を連れ込むほど俺は女好きではないので、俺が覚えていなければ必然的にそうなる。
イーリスは思い当たる節があるのか、少しの間動きをピタリと止めたがやがて首を横に振った。
「そうか、なら本棚の事も言っていないか。」
フォークを手に取りポテトサラダを一掬い。
日持ちのする野菜であるジャガイモをどう調理するかは糧食長の腕の見せ所である。
良い感じに塩気が効いており旨い。
「そこに本棚があるだろう。あそこの本は貸し出し自由だ。娯楽本がないので借りに来るのはそういないがね。」
コーヒーを一口、食事がガッツリしているので濃い目の味が嬉しい。
ちなみに本棚の中身はだいたい戦略論と戦術論だ。
中には【皇国艦艇図録】などといった一応ソレ系に人気のある本もある。
「気になった本があれば持って行ってくれ。返すのはいつでも良い。」
これらの本は俺が私的に集めていたものだ。
中には実家から持ってきた父の蔵書も借り受けて持ち込んでいる。
イーリスは本棚を見ると中段に置いていた一冊の本に目を止めた。
「その本か。少し古くなったがWataZに関する考察をしている本だ。」
タイトルは【古代文明の謎と生命進化学】。
実にオカルティックな題名だが、内容は生物の進化が空白を持つのは旧文明と関係が存在するのではと考察したものである。
確かに人間の歴史、特にWataZは現在でも多くの謎を秘めている。
「お借りしてもよろしいでしょうか。」
借りる気十分である。
彼女は既に本を手にとっていた。
「構わないよ。他には?」
イーリスが首を横に振る。
他は必要ないらしい。
「りょーかい。また何か読みたくなったらまた来ると良い。」

     ×     ×     ×

それから数時間、書類との壮絶な格闘を繰り広げた。
難癖付けて返されるのもシャクなので十二分に校正を行いながら書いた。
中でも例のアンケートにはこれでもかと不平を連ねてやった。
速度が速すぎる、反応が早すぎる、照準が合わない。
よくもまあこれほど書いたと自分でも驚かされる。
とうに夜は明け、時刻は6時を指していた。
「貫徹か・・・。こりゃいかんな。」
そう漏れる声にも生気が感じられない。
コーヒーで既に腹はダボダボである。
パンなんぞ食えたものではない。
それでも朝食は重要だ。
食わなければ船医に目を着けられてしまう。
まだ時間はあるのですっかりゴミ部屋と化したこの惨状を清算する事にした。
長時間の着座姿勢というのは案外堪えるもので膝が軽く笑っている。
軍人でもなるものはなるのだ。
「書き損じが多くて困る。」
恥ずかしながら俺はよくスペルミスをする。
祖父に読み書きを教わっていたので、ところどころ単語が古臭いのだ。
彼が他界してからもうかなりの時間が経っているを考えると、その影響力は侮れない。
「と、こんなもんかな。」
掃き掃除はまだ行なっていないが、とりあえずの見た目は書類に取り掛かる前に戻った。
その代わりにゴミ箱の8割ほどが埋まってしまっている。
とうに起床時間であるが、片付けで気付かなかったらしい。
動いたおかげで少しは胃の方も楽になった。

浮かない気分ではあるが、食堂へ脚を向ける。
皆口々に空腹を表しているが、こちらは言うほどでもない。
元々多く食べる方ではなかったし、何より食べる気が今はしない。
しかし食わねば今度は昼に腹が減ったと喚く結果となる。
「よう、隊長。猫背でどうしたんだ?」
背中をどつかれ、振り返るとクレメンスであった。
寝起きから時間が経っていないのか、軍服の着方がいつも以上に雑である。
「おはよう。前、少しは閉めろクレメンス。」
直そうとする素振りがないのを見ると反省はしていないようだ。
背筋をのばして進行を再開。
「おいおい、心配してやってんだぜ?」
心配と言われても目が笑っている。
もとよりそんな事を言うやつじゃない。
「まあ、書類仕事で疲れてるんだよ。心配するならほっといてくれ。」
「そりゃご挨拶だぜ。ちょっとはユーモアの分かる奴だと思って構ってやってんのに。」
クレメンスは士官学校出のエリートが嫌いである。
一度聞いたところによると「冗談が通じない、仕事が遅い、偉そう」の三拍子が原因であるようだ。
その点、俺は一応その辺りに関してまだ話の通じる方であると彼は判断しているようだ。
「そういや、お子様はどうした。ちったぁ仕事やらせてるか?」
彼の言うお子様とはイーリスである。
どうやら俺の事を事務雑用兼子守りと勘違いしているらしい。
「やらせてるさ、扱いに手心を加えろとも言われてないしな。」
「ふうん。まあ、せいぜいコキ使ってやれ。」
ニヤついているのが気に食わないが、否定はしないでおく。
こいつだって叩き上げで上に立てば良い上官になれるだろう。
それだけ面倒見が良いという事もあるので、ニヤつくにもそれなりの理由はあるのだ。
「お前よりは言う通りに動くだろうから心配してくれるな。」
「だろうよ。お子様はお菓子くれる奴には従順だからなぁ。」
「いい加減にしておけ。俺は保育士でもなけりゃ、飼育係でもない。彼女は有能だ、だからウチにきた。」
面と向かって悪口を言わないだけマシだと思っていたが、口が過ぎている。
確かに彼女には上層部の思惑が絡んでいるらしいが、それをクレメンスがとやかく言うだけの権力はない。
「まあそうカリカリしなさんな。戦場で使い物になるなら俺も文句は言わねぇよ。」
前回の模擬戦がやる暇もなく中断されたのを根に持っているらしい。
どうにも言い回しが挑発的なのは目を瞑る必要がありそうだ。
「お前も彼女も人付き合いを覚えた方が良いのかもな。」
釘を刺したところで食堂に到着した。

     ×     ×     ×

食堂に入ると相変わらず低い天井の下で食事に勤しむ同僚たちの顔がある。
「一般食、軽めに頼みます。」
カウンターでオーダー待ちをしていた糧食科員に配膳を要求。
ダイバーズシルエットのパイロットに専用の高カロリー食も用意されているが、当然今の俺には無理だ。
太りやすくなるという理由から女性隊員からの評判はあまりよくないらしい。
実際に一般科の食事をとる女性も少なからずいる。
今日のメニューは硬そうなパンとつみれのスープにポテトサラダだ。
隣のクレメンスにはパイロット食として得体の知れないキッシュのような何かがオプションされていた。
「うげ、またつみれかよ。おととい食ったばかりだろ!?」
「いらねぇってんなら下げますけど。軍曹、あんたそれで足りんのかい?」
となりで押し問答が発生しているが無視するのが吉だ。
正直、全部を食べると半日分のやる気を喪失しかねないので、クレメンスに与えようと思っていた。
「隊長ぉー!こっちこっち!隣のアホも連れてきて下さーい!」
掛け声のする方を見るとヴェラが呼んでいた。
となりにはイルマとイーリスがいる。
やっと問答を終えたアホを連れて女子3人の座っているテーブルへ腰を落ち付かせる。
「イーリス、昨日の本は読んでるか?」
丁度真向かいに座っていたので話を切り出してみる。
彼女は手に持っていたスプーンに波々としていたスープをすするとコクリと頷いた。
「まやかしの類が多いですが、なかなか興味深い考察だと思います。」
「だろうね。眉唾だけど、その分不明な点を埋めるに足る。」
実感が沸かないが、それはそれでフィクションとしての面白さがある。
読者を納得させるのが目的なので、多少話が飛躍していても大した問題ではない。
「そういえばイーリス、ひとつ聴きたい事があるんだが良いか?」
「はい、何でしょう?」
「フリースナーの照準誤差なんだが、急加速に対応する時はどうしているんだ?君はデータを見てもヒット率が俺より高いんだが。」
前から聞きたかったことを質問してみる。
ちなみにヒット率が高いというのはフリースナーでのシュミレーションの話だ。
シュトラウスではイーリスの方が少々高い程度で指摘するには値しない。
イーリスは理解に苦しんだのか、わかりやすいように説明しようとしたのか、少しの間ピタリと動きを止めて悩んだ。
「私の場合、元の補正データを全削除して、加速度に連動させた関数データを入力しています。」
そういう手もあったかと納得させられる。
思えば補正に関してはデータを手直しするのみで、関数そのものは弄っていなかったのだ。
「しかし、これではセンシティブすぎるので私は少なからず目分量で補正していますね。」
「・・・は?」
最後に付け加わえられた一言に思わず声が出た。
彼女が言ったことは要するに気合である。
さすがにそればかりはないと思っていたが目分量が正解だったのは衝撃的すぎる。
どうしようもない疲労感が無意味に溜まってきた。
「そうか・・・後でその関数データを見せてくれないか?少しでも楽できるならそうしたいんだ。」
この欠点がソフトウェアのみではなく、ハードにまで達していた事実を明らかにしている。
あの機体の開発計画は完了しておらず、戦況に左右され仕方なくその場しのぎの先行量産機になったに違いない。
量産機ではマイナーチェンジバージョンになるのを期待してやまない。
「ええ、元々修正が出来ていれば開発側と運用部隊にお渡しする予定でしたので。」
「助かるよ。自分だけじゃどうにもならないと思っていたところなんだ。」
作戦までは時間がある。
それまでにそのデータを入れて自分なりに手直しをする事も出来るだろう。
相変わらずの塩気たっぷりなつみれをひとつ口に入れ、噛み続ける。
つみれは骨と内臓をそぎ落としてある真っ白なもので、グニグニとした弾力感がなかなか心地良い。
「やることがひとつ増えたな。午前中に他は済ませておくとするか。」
「あんた、見る時はいつも暇そうなんだが、デスクワークってのは大変なもんなのか?」
何をどう血迷ったらそんな風に見えるのか不思議だ。
口いっぱいに詰め込んだパンをスープで流すそれは一昔前のオッサンのそれであった。
「お前なぁ・・・。」
「あら、あなたにはそう見える?私には隊長が睡眠をもう18時間は諦めてる顔をしているように見えるけど。」
さすがにイルマはよく分かってくれている。
それとも夫がいると男の体調が顔色ひとつで分かるようになるのだろうか。
「ありがとう。仮眠をとろうにもまだ作業があるもんでね。」
「そうですか。総合ブリーフィングの前には寝られると良いですね。」
彼女も何かを楽しんでいる節があるが、そのあたりについての詮索はやめておく。
ウチの隊にいる女性陣は怒らせたら一致団結して対抗しそうで恐ろしい。
その中心に立ちうるのがイルマなのだ。
「ああ、本番で死ぬのは御免だからな。」
「予想戦力はこちらが優勢です。前線が機能すれば我々の負担は少ないかと思われます。」
斜め上の回答を持ってきてくれる。
これもイーリスの個性なのか、それとも単にド天然なのか、イマイチ判断しかねている。
「君も俺を小突くのか。もう少し優しいと思ってたんだがな。」
「ハッハッハ!こりゃ傑作だッ!」
「い、いえ・・・そんな事は・・・。」
「隊長も御人が悪いのね。」
困惑するイーリスを横目に笑いあう。
少々ハイになっているのか、いつもより多く笑っている自分がいた。

     ×     ×     ×

「おやっさん、照準器のデータ弄りたいんだけど、良いですかね?」
食事を終えると幾分のやる気が出たようで、溜まっていた作業の方は随分と早く終わった。
昼あたりは余裕が出た分仮眠をとって、これから機体メンテナンスとシュミレーションに取り掛かるところだ。
メンテナンスでは整備兵たちの行った調整が自分に向いているかを確認する程度だが、その前にイーリスからデータを貰っていたのでそちらも相手する。
「おう、あの不評照準器弄るのか。手伝うぜ。」
パイロットの意見は整備兵の愚痴のタネだ。
当然ハリーさんにもそれは伝わっている。
これ以上はどうにもならないと整備兵たちも匙を投げているとの事だ。
「ありゃあシュトラウスに積んでるやつを処理系だけ載せ替えてそのまま使ってるからな・・・。」
「え?」
「なんだ、知らなかったのか?型番はいっちょまえに別物だが、フリースナーが本気出したらイカレポンチもいいトコだぜ。」
ボソリとまた一つ疲労感を募らせる真実が判明した。
しかし、開発側もやってくれる。
いくら処理系が高速化しても、観測出来なければ無意味だ。
吊るしで上にあがり、コックピットへ入る。
ハッチの上でハリーさんが覗き込んで、様子を伺っていた。
「で、どんな風にするんだ?」
「これなんですけど・・・。」
接続部にイーリスから貰ったディスクを取り込み、関数データを表示させる。
少々長い数式だが、速度計と加速度計のデータを読み取って処理している事だけはなんとか理解できた。
「ほう、そうきたか。お前さんがやったのか?」
「いえ、イーリスに提供を受けました。」
「そうか、これなら少しはマシになるかもな。」
新しいデータの取り入れも、基本はOSから行なっている。
ハリーさんの指示に従ってOSの設定を開き、更新作業を始めた。
「そうだ、そのデータを1番から18番まで削除するんだ。」
現在は機体をセーフモードで起動中だ。
この状態で実際に機体を動かす事は出来ず、入力したデータを適用する為には再起動するしかない。
「ようし、それで良い。入力したデータを変更するにはいつも通りにやりゃあ良い。」
なかなか手早く終わったようで、再起動時の電力消費が拡大する時の音がグォンと鳴った。
まったく感覚は変わらないが、エラーが吐かれていないところを見ると特に問題はないようだ。
あとはちゃんと変わっているかをチェックするのみだ。
外からハリーさんを探す声がする。
若い連中が呼んでいるらしい。
「んじゃ、このくらいで良いか。俺ぁは戻るぞ。」
もう大丈夫だと判断すると彼は機体から降りた。
「ふむ、シュミレーションをしておくか。」
実際に出撃をしてみたいものだが、少なくとも今はその許可も出ないだろう。
このデータがどの程度自分に合っているものなのかも掴めないままはさすがにまずい。
最大加速を体感する事もないのでパイロットスーツを着る必要もない。
しかし、得られる結果はシュミレーション内での現実だ。
計測予測の通りに得られたデータがシュミレーション内の機体に影響を与えるような世界である。
システムをセーフモードからシュミレーションモードに変更、戦況パターンを制海作戦とし、出現率をランダムに設定。
想定できる次の作戦の簡単な内容だ。
『戦闘シュミレーション 状況開始』
ディスプレイに演算で作成された映像データが投影される。
機体の緩衝機能でコックピット部がゆっくりと沈む感覚を伝えた。
回転数を上げてホバリング状態を維持、センサーに反応が与えられ、敵が来た事を示す。
「ようし、どんなもんだ。」
機体を加速、敵機に向かって照準を合わせる。
設定された敵は標準仕様のゲーテだ。
正面から向かったのでは照準の問題を評価できないので、後ろに回り込むようにコースをとる。
丁度側面あたりから射撃を始める事にした。
「やっぱり狙いがまだ甘いな・・・。」
照準はハッキリ言えば十分に躍進したと言える。
観測系から受け取ったデータを元に計算で得られた予測地点の敵に当てようとしていた。
しかし、パイロットの匙加減で容易に予測地点は変更されてしまうので、敵に被弾させるにはまだ困難かもしれない。
「5機仕留めるまで4分弱か・・・。」
これを自分なりに改良するにはそれなりの手間が掛かるかもしれない。
ともかく、現状でのこのデータの問題点は分かったので、その部分に少し手を加える事にした。

     ×     ×     ×

「クライバー少尉、入ります。」
「皇国海軍の戦略司令艦隊、並びに戦列分艦隊等を確認。」
「よし、作戦準備海域に到達出来たようだな。識別信号を発信開始。」
ブリッジへ脚を入れると、丁度良い事に司令艦隊が準備を行なっているところに居合わせた。
あまり悠長に打診をしている場合でもないようだ。
「両舷を最微速。戦略司令艦隊の後方で待機だ。」
戦略司令艦隊、旗艦【巡察艦 アルブレヒト】を中心とした大型艦で構成された艦隊だ。
第一次大海戦争の悪しき大艦巨砲主義の名残であるが、司令所と同じ機能を持ち、半絶対的な対DS用防衛線を張る点においては評価に値する。
それも、近代改修で得られた高機動戦術への対応のおかげなのだが。
「クライバー少尉、すまないが今は忙しいのでね。もう少し後でも良いかね?」
「発アルブレヒト、伝ゲオルグ。第一独立機甲艦隊は本艦隊の前方に位置し、新たな伝令あるまで待機せよ。」
通信手のフランツィスカが司令艦隊からの通信を伝える。
開始まではあと半日程あるので、それまで艦隊の動きはある程度制限が課せられるのだろう。
「通信手、打電だ。発ゲオルグ、伝アルブレヒト。伝令了解、別命あるまで本艦隊は貴下の前方に位置す。」
心なしかブリッジにはピリピリとした雰囲気が立ち込めていた。
何せ多艦隊での戦闘など新造艦であるゲオルグはやったことがないのだ。
それも潜航母艦ともなれば一層その運用は難しいものになるだろう。
ゆっくりと戦略司令艦隊の左下を潜って指定された位置へ向かうゲオルグ。
ゲオルグが位置するはずの地点には戦列艦の艦隊も見える。
第二戦列機甲艦隊の旗艦は海中からでも分かるように光を発していた。
「ふむ、これだけの艦をよく集めたものだ。本国は躍起になっているな。」
戦艦の数はこちらが上回っているのだろう。
しかし、島に駐留しているDS部隊もいると考えると戦力差はあまり開いていないかもしれない。
果たしてこの戦略を2万の犠牲の上に立てるだけの意味があるのか。
それを決めるのは今ではなく、後の世の人間だ。
だが、それでも考えるのが人間というものだ。

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<2012/09/20>
Ver.1 完成。

<2013/08/28>
Ver.2 発表用原稿完成。
前編メインページ後編



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